私は、熊本県で漁師をしています。夏が近づいてくると熱中症はもちろんですが、台風やゲリラ豪雨などで漁業はダメージを受けます。しかし、最近ではこうした災害よりも気になっている自然災害があるのです。
熊本では、近年梅雨から夏にかけて豪雨と呼ばれる大雨が続くようになり、2018年や2020年には大きな被害を出しました。これは、地球温暖化などが影響しているのだとテレビで専門家が話しているのを聞きました。
こういった大雨の影響は農産物に大きな被害をもたらしましたが、私たち漁師も他人事ではないと感じます。
と言うのも、大雨によって海の塩分濃度が下がると聞いたからです。さらに、大雨による塩分濃度の低下が原因で、生態系にも影響が出ていると聞いたことがあります。私たち漁師にとって、海の生態系の変化は漁獲量に直結するため、今後もこうした大雨が続くようだと心配です。
大雨によって本当に塩分濃度は下がっているのでしょうか?また、魚や貝、海藻といった生態系への影響はどれくらいあるものなのでしょうか?
(熊本県・井上さん/仮名・30代)
Tさん
水産研究者
保水場所の整備や塩分濃度の変化がない場所へ養殖魚貝類を避難させよう
広い範囲では、水の収支にほとんど変化はなく、また、海はそうした変化を和らげたり、調整する能力が大きいので影響は小さいと思います。
しかし、河川から沿岸にかけての水域では、少なくとも一時的に大きな影響があると思います。
河川では、泥水による魚介類の窒息や泥、石、流木などとの接触による負傷、また、生息に適さない下流や海といった水域まで流されてしまって戻れなくなるような直接的な被害が起こります。
ほかにも、餌生物がなくなることや生息場所の河床や河岸の形状が変化してしまうことに伴う二次的な被害が考えられます。
海面においても、塩分の低い水や流木、泥などが流入してくることにより、沿岸の生物が海域から逃避してしまい、逃避できない定着性生物(うに、なまこなど)は死亡する場合もあります。
また、泥や植物などの堆積物で、干潟や浅海域の底生生物(貝、サンゴ、海藻など)が窒息死したり、しばらくの間再生産の場としての機能が失われてしまうことが考えられます。
例えば、大分県を襲った台風の際に、大雨が降り、山国川からの大規模な出水によってあさりが大量に死亡した例が報告されています。
また、天然の生態系への影響ではありませんが、塩分濃度の低い水が大量に到達すると、養殖魚介類が大量に死亡する例もあります。
規模の大きい例では、中国の揚子江(ヨウスコウ)から流出した低塩分水が韓国に達し、済州島(チェジュトウ)などの養殖魚介類が多大な被害を受けた例があります。
なお、大雨によって、海水がかき混ぜられたり、海水への酸素供給により赤潮が終息するなどのプラスの側面もあります。
陸上における低塩分水への対策としては、大量の水が短時間に河川に集中しないようにすることが考えられます。
そのために、雨水を保水する場所として森林や田んぼを含む遊水地を整備することが有効だと思います。
出水があることを前提とした海面での対策としては、事前に出水を予測して、養殖用のいけすを沖合に移動したり、塩分が下がらない水深まで沈下させたり、出水後にできるだけ早く流木や堆積物を除去することが挙げられますが、特に有効な対策というのは難しいでしょう。