定置網をしている漁師です。
うちの漁協に所属している漁師はどこも経営が厳しく、さらに燃料の高騰などもあってキツイ状態です。
まだ世間話程度ではありますが、漁師仲間たちと養殖をやってみないかと話し合っています。
養殖であれば設備投資は必要なものの、年間で安定した出荷ができますし、ブランドとして高く売っているところもあります。
気になるのは病気や寄生虫ですが、養殖であればそれほど気にしなくていいのでしょうか?
特にアニサキスは世間でもニュースになっているので気になります。
サーモンなら消費者に人気ですし、みんなでやるには良いのではないかと考えているのですが…。
中平博史
全国海水養魚協会 専務理事
養殖サーモンはアニサキスの寄生の心配はほとんどありません
アニサキスとは
アニサキスとは寄生虫のひとつで、魚介類に寄生します。
幼虫の直径は0.5〜1mmほど、長さ2〜3cmくらいの大きさで、白色で細長い体型をしています。
寄生している魚介類は、サケのほか、サバ、アジ、サンマ、カツオ、イワシ、イカなどです。
魚介類が生きている間は主に内臓に生息していますが、魚介類が死んで時間が経つと、内臓から筋肉へ移動することが分かっています。
アニサキスが寄生した魚介類を生で食べると、吐き気や嘔吐などの食中毒を引き起こす可能性があります。
アニサキスの生活史を見ると、海中で卵からふ化したアニサキスはオキアミなどの甲殻類に寄生して、幼虫となります。
次に魚介類が、幼虫を宿したオキアミを餌として食べることで、アニサキスが寄生します。
さらに、アニサキスが寄生した魚介類を食べたクジラなどの哺乳類の胃の中で成虫となり卵を産みます。卵は糞と一緒に海中に放出されます。
アニサキスは加熱に弱く、60℃で1分、70℃以上ならばすぐに死滅します。
また、マイナス20℃以下の冷凍下では、24時間以上で死滅します。
養殖しているサーモンにアニサキスは寄生する?
種苗による可能性
養殖魚にアニサキスが寄生しているかどうかは、使用する種苗によって大きく左右されます。
種苗とは、養殖に用いる稚魚です。
天然稚魚を漁獲して育てる畜養の場合、天然種苗にすでにアニサキスが寄生している場合が考えられます。
一方で、人工種苗を用いる場合は親魚から採卵し、人工ふ化させるためアニサキスに寄生しません。
養殖サーモンの場合、人工種苗から育てる完全養殖の技術が確立されています。
人工ふ化させた種苗を仕入れるか、自前で人工ふ化を行うか、どちらかの方法でアニサキスの寄生を回避できます。
与える餌による可能性
アニサキスは、海中を漂うオキアミなどの餌から寄生します。
天然のサケは、海でオキアミを食べているため、寄生している可能性があり注意が必要です。
一方で、養殖魚には生餌が与えられることもありますが、通常生餌は冷凍保管されたものが主です。
ただ、生餌にはアニサキスを宿した小魚が含まれている可能性があり、冷凍せずに与えることで寄生する恐れがあります。
しかし、近年の養殖サーモンの餌は、ドライペレットやエクストルーデッドペレットと呼ばれる製造工程で高温、圧縮された乾燥した粒状の配合飼料が主流で、これらの餌からアニサキスが寄生する可能性はありません。
生育環境による可能性
養殖サーモンは、海水馴致のあとは、日本では水温が低下する11月から6月の間約半年かけて海の生け簀で育てられます。
生け簀の網の隙間から寄生したオキアミや小魚などが入ってくる可能性がゼロではありませんが、養殖サーモンの場合、十分に配合飼料を与えて飼育していますので、空腹により小魚を食べる確率は低いです。
養殖魚は効率よく成長させるため、満腹の状態でいる時間が長いです。
また一般社団法人大日本水産会魚食普及推進センターによると、アニサキスが含まれる小魚を餌として食べても、100%アニサキスが寄生するわけでないと考えられています。
万が一アニサキスを飲み込んでも、消化されるか、そのまま排泄されることが多いです。
水揚げ後は、新鮮な状態ですぐに内臓を処理するのが有効です。
これまで養殖サーモンによるアニサキスの食中毒事例がないことからも、養殖サーモンにアニサキスが寄生している可能性は限りなく低いととらえていいでしょう。
アニサキス対策に有効なサーモンの陸上養殖
サーモンの養殖は、海面だけではなく、陸上養殖されているものもあります。
陸上養殖では、管理された海水や地下水などを使用したプールで養殖されているため、海上生け簀で育てる場合と比べて、より確率が低いといえるでしょう。
陸上養殖には、かけ流し式と閉鎖循環式があります。
かけ流し式は、海水などを飼育水として継続的に利用する方法です。
これに対して閉鎖循環式は、汚れた飼育水をろ過装置で浄化し、再び飼育水として再利用する方法になります。
サーモンの陸上養殖は、全国各地で行われています。
例えば静岡県の地下海水を利用した美保サーモンや、熊本県の地下水を利用した桃太郎サーモンが陸上養殖サーモンの一例です。
陸上養殖のデメリットは、コストが高いことですが、近年は低コスト化するための技術開発にも取り組まれつつあります。
このお悩みの監修者
中平博史
全国海水養魚協会 専務理事
全国海水養魚協会の専務理事や一般社団法人マリン・エコラベル・ジャパン協議会の理事を務める、魚類養殖業のプロフェッショナル。養殖水産物の輸出や赤潮などの環境保全対策活動にも携わっている。