「アゴ焼き」は五島列島の秋の風物詩で、かつてはどこの家でも10月ごろになると、串刺ししたアゴ(トビウオ)を庭先などで焼く光景が見られたものです。
焼きアゴも料理のだしには欠かせないもので、1年分を一度に作って保管し、毎日の食事作りに使っていました。
しかし、数年前に全国でアゴだしがブームとなってから魚の値段が上がり、しかも市販のアゴ出しパックが出回るようになったので、自前で作る家も激減して寂しさを感じます。
アゴだし自体は、だしパックという形ですが使われているので、良いことなのかもしれません。
でも、「アゴ焼き」は地域の伝統的な食文化なので、なんとか残していきたいです。
まずは小さな子どもを抱える若いお母さん方や子供たちに、地域の味として地道に伝えて行くしかないのかなと思っています。
地域の伝統的な食文化を引き継いでいくために成功している取り組みがあれば、どのようにやっているのか、ぜひ知りたいです。
(長崎県・中村純子さん/仮名・60代)
関いずみ
東海大学 海洋学部海洋文明学科 教授
土地ならではの伝統食の文化や風景とつなげたり、今風にアレンジしましょう
庭先でアゴを焼く煙や香りが想像され、懐かしいような気持になりました。
アゴだしそのものだけでなく、そういった風景などが融合したものが「食文化」なのでしょう。
今の時代、そんな手間をかけてだしをとるなどということは無くなってしまいました。
だしブームとはいえ、「鍋にポンと入れれば本格的なだしがとれる」という手軽さは、もう手放せないものなのかもしれません。
でも、そういうものがどのように作られてきたのかというところから、一度は体験してもらうことも意味があるのではないかと思います。
そこには先人の知恵や手作りの価値など、大切なものがたくさん詰まっているのですから。たとえ、結局は手軽なだしパックを使うとしても。
そして、そういう体験を地元の子供たちや若いお母さん、お父さんに伝えていくことも、とても意味のあることだと思います。
質問の意図に沿った事例になるかわかりませんが、伝統食の継承に関わる事例を紹介したいと思います。
ひとつは、静岡県西伊豆町の潮カツオ(カツオを塩漬けにしてカチカチに干した保存食)です。
発音が似ていることから「正月魚」とも呼ばれていた潮ガツオは、地元の鰹節屋さんがそのいわれなどと一緒に土産物として購入できる形状に工夫したりして売り出し、少なくとも県内では知名度が上がっています。
アゴだしも、大手メーカーのパックは日用品にしかなりませんが、伝統的なアゴだしは地元のお土産品にもなるのではないでしょうか。
もうひとつ事例を紹介します。大分県佐伯市の「ごまだし」です。
ごまだしは、アジやエソなどその時にたくさんとれた魚を使って、焼いてごまと醤油などと練り合わせた万能調味料です。
昔は各家庭で作っていたそうですが、手間暇がかかるので、作る人もいなくなっていたそうです。
20年近く前に、漁師の妻たちがこれを作って起業を始めました。
だんだん売れてくると、地域の大小の企業も作り始め、佐伯はごまだしの町としても有名になっています。
家によって味に違いがあるところが良いのだそうで、いろいろな会社のごまだしができることでライバルが増える、という見方もできますが、地域のごまだし文化は層の厚いものになっているという見方もできるのではないでしょうか。
また、ごまだしはもともと茹でたうどんに乗せてお湯をかける「ごまだしうどん」が代表料理だったそうですが、マヨネーズと混ぜて野菜につけるごまだしディップや、ごまだしのピザ、パスタ、クッキーなど、現在の家庭料理に応用できるレシピをどんどん開発、発信しています。
今の世のなかでも使えることは、伝統食を維持する手段のひとつだと思います。
三木奈都子
一般社団法人うみ・ひと・くらしネットワーク会員
給食や総合学習、地域の体験イベントに取り入れて魚食文化を普及してはいかがでしょうか?
魚食文化を守ろうというお気持ちと姿勢、素晴らしいですね。
しかし、魚食文化を守る=伝統的なやり方をそのまま伝えなくてはならない、と考えがちですが、近年生活スタイルは大きく変化していますので、柔軟に考えていくことが重要なのではないでしょうか。
アゴだしブームが従来の地元のアゴ利用の形を変化させてしまい、寂しさを感じられるとのこと、共感いたします。
ですが、考え方を少し変えるとアゴだしブームがアゴのおいしさに目覚める人を増やし、また、アゴに高値がついて地域経済を潤しているとプラス評価をすることができるかと思います。
さらに、全国的に地域暮らしや地域資源への関心が高まるなか、アゴだしファンのなかにはアゴの伝統的な利用方法などに関心を持つ人がある程度出てくるはずです。
ですので、アゴだしブームによりアゴ文化を普及する対象が広がったととらえられるのではないでしょうか。
魚食文化を伝える方法としては、子供やお母さんを対象にした地道なやり方がベースになるのはもちろんですが、小学校の給食や総合学習などの時間を利用して行っている地域が多いようです。
特に水産業を学習対象とする5年生の総合学習の時間がねらい目です。
学校の先生方も子供たちを受け入れ、話をしてくれる人を探しているはずですので、小学校や教育委員会に提案してみるのも手かと思います。
また、道の駅や民泊などで地域の体験イベントとして魚食文化の普及を行い、他の地域の人に広げていく方法もあるかと思います。
地域の魚食文化を伝える対象を小学生だけでなく中学生や高校生、大学生などにも広げて、地域水産物を用いた料理のレシピ提案を行ってもらうことも行われています。
具体的なレシピを検討してもらう前に、伝統的な魚食文化について触れておくと、それを参考にしつつも現代の食にマッチした「古くて新しいレシピ」が生み出されることもあります。
伝統食に手を加え、従来、伝統的な魚食文化を知らなかった人を対象に加工品化して販売していく方法もよく用いられています。
大分県佐伯市のごまだしが典型例かと思います。佐伯市では複数の加工品会社が様々なごまだしを販売し、集団の効果で万能調味料としての全国的な認知度が高まっているようです。
また、三重県の「梶賀のあぶり」のように小規模集落の伝統食品が近年商品化され特産品として注目されている例もあります。
地方の文化として廃れてしまうものが、全国デビューすることで再評価され、地域の若者が誇らしく伝統食として手にとるという構図もあるようです。