友人の漁船に乗り、漁師をしている者です。ここ数年は異常気象のせいか、不漁の年が続いてしまい、さらに魚の市場価格も上がらないので、経営はかなり苦しいようです。
しかし、漁業は自然を相手にする仕事なので、努力して漁獲量を上げることは難しいですし、このまま続けていても、厳しい状況は変えられないのではないかと感じています。
そんな時、販売価格が比較的高い魚は、栽培漁業で稚魚を育てて、資源管理を行っているという話を聞きました。
もしそうであれば、我々も栽培漁業に協力して、資源回復に勤めつつ、高値で売れる魚を漁獲したいです。
具体的には、トラフグに興味があるのですが、トラフグの栽培漁業の方法や、資源管理の取り組みについて教えてください。
有元操
アリ元技術士事務所 所長
トラフグの種苗放流は70mm以上の種苗を目安に陸上や漁船から適地に放流します
トラフグの栽培漁業
栽培漁業とは、卵がふ化して稚魚になるまで自然界では育つのが難しい時期を、人の手で飼育し、海へ放流し、成長した魚介類を獲る漁業のことです。
資源量が減少している魚介類の種苗放流が、日本各地で行われています。費用対効果を勘案し、比較的高値で売れる魚貝類が放流されています。
トラフグは10㎏に達する高級魚で、主に冬場のフグ料理に使用されています。
トラフグの生態
主な生態的特徴として、内海、内湾で成長し、広範囲に移動し、産卵場に回帰して産卵するのが主な特徴です。
トラフグの資源管理は、種苗放流も含めて漁業者の経営を左右する重要な要素になっています。
トラフグは日本海、瀬戸内海、遠州灘、四国、九州各県で、主に定置網やはえ縄で漁獲されています。
漁獲量は2002年には350トン以上ありましたが、現在では200t以下となり、資源量も減少傾向にあります。
そのため、新たな資源評価、最大持続生産量(MSY)に基づく、資源管理が重要です。
トラフグの資源管理が行われている地域
トラフグの主な系群は、日本海・東シナ海・瀬戸内海系があります。ここに産卵場や索餌場所やナーサリ(稚魚が育つ場所)があり、資源管理が勢力的に進められています。
種苗放流は主に九州、瀬戸内海で行われ、全国で約250万尾の種苗が放流されています。
漁獲物に占める放流魚の割合(混入率)は、他の魚種と比較すると高く、10~30%になる時もあります。
一方で、添加効率(放流尾数に対する1歳での漁獲加入尾数の割合)はおおよそ2~7%です。
令和3年度の県別放流尾数は、山口県が66万尾と多く、次いで福岡県、長崎県です(栽培漁業用種苗等の生産・入手・放流実績(全国))。
各県では放流魚に標識を装着し、生き残りの個体を調査し、効果的な放流となるよう、調査研究が続けられています。
有明海では、ナーサリーでの回収率が比較的高く、放流適地と考えられています。
長崎県では有明海の湾奥部や島原などの河口域等、低塩分で動物プランクトン等の餌環境が良いところが放流適地と考えられています。
トラフグの採卵
採卵は、
1、4月下旬から5月上旬にかけて漁獲した天然魚から採卵する方法
2、成熟数か月前に捕獲された天然魚を短期養成して卵を得る方法
3、長期養成し、3歳以上のトラフグから採卵する
方法があります。
体重により採卵量は異なりますが、1尾あたり60~100万粒が得られます。
卵は直径約1.0~1.2mmの沈性付着卵で、ふ化容器0.5~1.0kLのアルテミア水槽等で通気と流水で卵を浮遊させ、ふ化させます。
卵は水温18℃下では約1週間程度でふ化し、ふ化仔魚の大きさは約2.7~3.0mmで、ふ化率は採卵やふ化条件で異なり、おおよそ40~80%です。
種苗生産を行う水槽は生産機関で異なり、主に50~200㎥水槽が使用され、水槽への収容は水量1kLに対し約1万尾を目安に収容します。
餌は、ふ化後3日目からワムシを、10日目以降にはアルテミア幼生を、20日目以降には配合飼料を給餌します。
飼育水温は18~20℃でふ化後30~40日経過すると全長15~20mmにまで成長します。生残率はおおよそ30~70%です。
栽培漁業で稚魚に与える餌の種類についてはこちらをご覧ください
「栽培漁業では何を餌に与えているのでしょうか?」
トラフグの放流前の中間育成
全長50mm以上に成長したトラフグの種苗は、放流まで海面小割網生簀もしくは陸上水槽で中間育成します。
海面小割網飼育では、1kLあたり50尾から100尾を目安として飼育し、網の目詰まりを防止するため、網交換作業を行います。
陸上水槽での飼育では、1kLあたり300尾程度を飼育しますが、水槽の形状や注水量によって密度を調節します。
餌料にはドライペレットやモイストペレット、生餌を使用します。
トラフグは個体同士がかみ合い、生残率が下がります。
そのため、大小選別を行い、給餌回数を多くし空腹状態にならないようにします。
1日に6回程度の給餌を行うことや、早朝給餌がかみ合い防止に効果的とされています。
この他にも換水や水槽底の清掃を適宜行い、飼育環境に配慮した飼育が行われています。
トラフグの放流
トラフグの放流方法
全長が70mm以上で、尾鰭欠損の少ない種苗を放流することで、放流の効果が向上すると言われています。
トラフグ稚魚を水槽から取り上げるときには、種苗を海水と一緒にバケツですくい、種苗が傷つかないようにします。
放流現場へトラック運搬する際は、酸欠や種苗のストレスに注意しながら運搬します。
海面への放流は、トラックからホースを引いて直接海へ放流するか、バケツ等に入れて海に放流します。
トラフグの放流地域
トラフグは全国各地の沿岸域に生息し、漁獲量が多いのは遠州灘、日本海西部、瀬戸内海、東シナ海、黄海です。
放流する地域は、天然稚魚の生息域が確認されている海域が良く、湾口や沿岸部が放流適地とされます。
稚魚は成長すると、再び産卵場に回帰します。
例えば瀬戸内海や九州で生まれた稚魚はしばらくの間、湾の周辺にとどまっていますが、2歳くらいに成長すると、東シナ海や黄海などの外洋へ回遊します。
そして産卵期になると、外洋から産卵場へ戻り産卵します。
放流種苗の大きさや放流時期についてはこちらをご覧ください
「栽培漁業の放流はどのように行われているのですか?」
トラフグの資源管理
トラフグの漁獲量を増やすために、各地で資源量を増やす取り組みが行われています。
山口県では、全長20cm以下のサイズを周年捕獲禁止にし、福岡県では、はえ縄漁業で漁獲された全長35cm以下のサイズは再放流しています。
また、休漁期間も各地で設定され、資源管理が進められています。
フグの養殖についてはこちらをご覧ください
「フグの養殖が行われている地域や養殖方法が知りたい」
このお悩みの監修者
有元操
アリ元技術士事務所 所長
国立研究開発法人水産総合研究センター 増養殖研究所の部長や本部の研究開発コーディネーターを歴任。シマアジのウイルス性神経壊死症(VNN)が初めて発生した際に、原因解明し、対策を講じ、シマアジ種苗の生産性を回復させた。博士(農学)、技術士(水産分野)