養殖漁業を行っている漁師です。徐々に仕事を覚えている最中ですが、最近うちの漁協で「栽培漁業」について話にあがることが増えてきました。
なんとなく養殖に近い漁法なのかなと理解していましたが、育てた魚を放流すると聞き、養殖とは違うのかなとも思っています。
もしうまくいくのであれば、将来独立した時に養殖ではなく栽培漁業を行うことがあるかもしれないので、養殖とどう違うのかを具体的に教えてください。
養殖漁業を行っている漁師です。徐々に仕事を覚えている最中ですが、最近うちの漁協で「栽培漁業」について話にあがることが増えてきました。
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時村宗春
公益財団法人 海外漁業協力財団 技術顧問
生け簀などで飼育してから出荷するのが養殖漁業、海などに放流し大きくなってから漁獲するのが栽培漁業です
養殖漁業の特徴
養殖漁業とは、魚介類や海藻などを育てて収穫する漁業です。
育てる種(たね)は、天然の物を使う(天然採苗)場合と、卵から人工的に種を育てる(人工種苗)場合がありますが、人工種苗の方が天然の資源に与える影響が小さいので、望ましいと考えられています。
人工種苗を用いる養殖のうち、天然の魚を親とするのでなく、養殖で育った魚から卵を取りまた育てる、という繰り返しをすべて人工で行うことを「完全養殖」と言い、世界的には、この方法の方が天然の資源に与える影響が小さいとして奨励されいます。
いずれにしろ、養殖漁業にとっては「成長がいい」「病気につよい」「おとなしい(喧嘩したり、網にぶつかったりしない)」ような種苗が好まれるので、畜産と同じように、育種(望ましい性質の品種を作る)という取り組みも盛んです。
また、ある程度大きくなった魚を短期間飼育して太らせたり、逆に餌を与えずに脂を落としたりしてから出荷する方法を蓄養と呼び、これも養殖漁業に含めることがあります。
養殖漁業は、多くの場合海面に設置した生け簀または養殖池で行われますが、陸上で行われることもあります。
海面に設置した生け簀の場合は、自然の水を入れ換える必要がありません。
しかし、養殖池などで育てる場合は、常に池の水を交換する「掛け流し式」という方法で行われます(濁った水を好むウナギのような魚種の場合は水を交換せずに養殖します)。
また、陸上で、ほとんど水を入れ換えずに養殖する閉鎖循環式(RAS)と呼ばれる養殖手法もあり、最近ではサケ・マス類の養殖や温泉地でのトラフグの養殖などで注目されています。
ただ、水を浄化するための専用の設備が必要になること、水温管理に電気代がかかる等のデメリットもあるため、RASを実施するには「大消費地に近い」や「加温や冷却の費用が少ない(温泉、あるいは冷水が使える)」「大規模な施設を造れる」等の条件が必要になります。
また、養殖漁業は、餌のやり方で大きく二つに分けられます。餌を与える手法(給餌養殖)と餌を与えない手法(無給餌養殖)です。
通常、養殖と言えば、ブリやマグロなどに餌を与えて育てる給餌養殖をイメージしますが、無給餌養殖にも、貝類(牡蠣、ホタテなど)の養殖や海藻類(海苔、ワカメ、モズクなど)など、日本を代表する養殖業があります。
養殖にかかる主なコストは種苗代と餌代なので、無給餌養殖には、コスト面のメリットがあります。
対象とする生物で、養殖業を分けることもできます。
ブリやマグロなどの魚は、海面に設置した生簀での養殖が主体ですが、貝類では、牡蠣やホタテなどのように、海面からロープやワイヤーで吊り下げる方式の養殖(垂下式)や、アサリやホタテ(網走など)などのように、一定の区域内の砂浜や海底に稚貝を撒いて育てる方式(地まき式)などが主に行われます。
海藻類では、海苔やモズクは主に網に、昆布やワカメはロープに種を付着させて養殖する方式が主流です。
栽培漁業の特徴
栽培漁業は、基本的には魚が卵から稚魚になる最も弱い時期を設備の中で育て、その後海に稚魚を放流して、成長してから漁で漁獲する漁業です。
そのため「作り育てる漁業」とも言われています。
稚魚を育てることを「種苗生産」、育てた稚魚を海に放すことを「種苗放流」といいます。
なお栽培漁業の種苗に求められる性質は、「天然の海域で、天然種苗と同じように生き残れる種苗」、つまり、「できるだけ天然の稚魚に近い種苗」であることが重要です(この点が養殖漁業と違います)。
日本での栽培漁業の歴史は浅く、1960年代から国の主導で始まりました。最初は瀬戸内海で開始され、香川県や愛媛県に事業場が設置されました。
瀬戸内海での栽培漁業が成功したため、それ以降は栽培漁業センターが全国に設置されるようになりました。
現在では、全国の都道府県に60カ所以上の栽培漁業センターが設置されています。
養殖漁業のメリット・デメリット
漁獲する漁業では、「安定的・計画的に生産できない」ということが最大の問題です。
その理由は、「無主物(漁獲するまで誰のものでもない)」「資源変動(環境要因で資源水準が変わる)」および「漁海況(魚が居ても獲れないかもしれない)」という要因などがありますが、養殖漁業では、漁師が飼育するため「水揚げ前から自分の魚」ですし、上手に飼育すれば「計画的に水揚げ」することが可能で、この問題を解決できます。
脂の乗りや体の大きさが揃った魚を出荷し、経営が安定するというメリットもあります。
また、地元の特産品を餌として与えることで、ブランド魚として付加価値をつけて売ることもできます。
さらに、優れた肉質の個体や、病気に耐性がある魚を交配させることで、生産しやすい個体を生み出すことも可能です。
出荷する際にもメリットがあり、必要なタイミングで必要な量だけ出荷することが可能で、生きたまま出荷すれば、鮮度が高いまま卸すことができます。
反対に、養殖では飼育のための施設が必要なこと、種苗代、出荷サイズまで魚を育てるため餌代がかかり、病気予防などのために、抗生剤やホルモン剤が必要になることもあります。
生簀など限られたスペースで大量の魚を育てるため、赤潮や青潮(酸素の少ない水が浮上して生物を窒息死させること)などの環境悪化の影響も受けやすく、また、病気も蔓延しやすいことが課題として挙げられます。
出荷するまでにコストはかかるのに、天然魚に比べ売値が安くなる傾向もあるため、経営面を考えると、安定した出荷先を確保しておかなければいけません。
栽培漁業のメリット・デメリット
栽培漁業では、卵から稚魚や稚貝になるまでの、自然界で育つことが難しい期間を、人工的に育てます。そのため、他の魚などに食べられたりする可能性が少なくなります。
ただし、その後天然海域に放流するため、養殖漁業よりは、魚介類の面倒を見る期間が短いという弱点があります。
天然海域に放流するため、養殖漁業と違って飼育にかかる日々の作業はいりませんが、その一方で、放流した魚を自分が回収できるという保証はありません。
栽培漁業で種苗を生産するためには大規模な設備が必要となるため、これらを個人で揃えるのは、現実的ではありません。
また、自然界への影響についても、継代飼育(何世代にも渡って繁殖させて飼育)された優れている親魚を選抜して産卵させ、その稚魚を自然界に放流する場合には、天然資源の遺伝的多様性を損なうなどの問題が指摘されています。
栽培漁業のメリット、デメリットについてはこちらもご覧ください
「栽培漁業に利点はありますか?メリットを教えてください」
「栽培漁業が抱える問題点を教えてほしい」
養殖漁業も栽培漁業も持続可能性がある漁法
養殖漁業も栽培漁業も、魚を安定して漁獲するために有効な取り組みです。
最近ではさまざまな分野で「持続可能性」という言葉が重要視されていますが、漁業においても、持続可能性という点で、養殖漁業や栽培漁業が話題になっています。
養殖漁業においては、養殖できる魚種の拡大や環境への負荷が低い養殖法が研究されており、今後もさらなる進歩が期待されています。
栽培漁業でも、稚魚を放流して大きくしてから回収するという初歩的な方式だけでなく、放流によって卵を産む親魚を増やし、それによって資源が自然と増えることを目指すように進歩しています。
個人で栽培漁業に取り組むのは困難ですが、資源を持続的に利用する有効な方法の一つなので、将来のために、栽培漁業センター、都道府県の研究機関、あるいは改良普及指導員の方々と相談して、漁協単位で取り組んでみるのもいいかもしれません。
このお悩みの監修者
時村宗春
公益財団法人 海外漁業協力財団 技術顧問
元独立行政法人水産総合研究センター中央水産研究所長。農学博士。日本の漁業・水産関連の研究だけでなく『韓国の漁業』『東シナ海・黄海の魚類誌』など、東アジアの水産関連の著書も執筆。現在は、太平洋島嶼国等を対象とした漁業支援や研修等を担当。