私の住む八ヶ岳山麓の高冷地には、戦後植林されて手入れのされないアカマツ林が広がっています。
多くの山林はほとんど手入れがされておらず、近年は台風など大風が吹くと、背丈の高くなったアカマツの倒木が相次いでいます。
倒木はそのまま放置されていたり、玉切りして林内に捨て置かれたりしていることが多く、とてももったいなく思います。
一部は薪に加工されたりもしているようですが、他にも有効に活用できる道はないものかと考えています。
当地は昔から原木や菌床のしいたけ栽培などが行われていますが、通常きのこ栽培ではクヌギやコナラ、ブナなどの広葉樹が使われることが多いと思います。
アカマツのような針葉樹でも植菌してきのこを育てることはできるのでしょうか?できるとしたら、どのようなきのこが向いているのでしょうか?
(山梨県・平井正俊さん/仮名・40代)
大賀祥治
九州大学 名誉教授、中国吉林農業大学 教授
アカマツを原木にする場合、樹脂分を取り除くか、おが粉にして菌床栽培するなどの活用法があります
現在、きのこ農家として活動されており、一定レベルのご経験があることを前提として回答いたします。
種菌を植え付ける「ほだ木」として有用な原木樹種は、クヌギ、コナラ、ミズナラなどブナ科に属するものです。一方で、スギ、ヒノキ、アカマツなどの針葉樹は使用されないのが普通です。
理由は、原木に含まれる樹脂がきのこの生育阻害を引き起こすためです。
また、針葉樹は樹皮形質が薄く、はがれやすいこともほだ木に適さない理由です。従って、針葉樹を原木として活用するのは、相当な困難が予想されます。
ですが、これまでの事例として、ヒノキを原木としてナメコ栽培に成功した例もありますから、これからご紹介する内容は、アカマツを活用する際の助言として参考にしてください。
ブナ科の原木での栽培に比べると、収穫量は少なく、まったく発生しない場合も想定されます。あくまでも事業規模の活動から外れた補足的な試みとしてお考え下さい。
1、シイタケの原木栽培に使う方法
・原木をシーズニング処理(雨風にさらす)することで、樹脂分を取り除いてから種駒を打ち込みます。
・使う丸太が、強風で倒れた風倒木で、地面(林床)に長期間放置されたものであれば、そのまま利用できます。
・種駒をできるだけ多く打ち込んで、素早くほだ木に仕上げてシイタケを収穫します。
2、ナメコの原木栽培に使う方法
・種駒に使うナメコは早生品種を選んで多めに打ち込み、水分を多く含む地面に設置します。
3、ベニクスノキタケの原木栽培に使う方法
・台湾でのみ発生する固有種ベニクスノキタケは、「牛樟芝(ぎゅうしょうし)」と呼ばれているきのこですが、抗がん作用があるとして、古くから珍重されています。このキノコはクスノキの大木などの針葉樹にのみ生育する特異的な種類です。
・クスノキの大木は、日本の屋久杉のように、台湾では伐採禁止されていることから、ベニクスノキタケは栽培が難しく、一般的には市場に出ないため、漢方薬の原料として使われているのは、野生種です。
・そこで、アカマツの原木に種菌(独自菌株を保有)を接種して、栽培の可能性を探る価値はあると思います。台湾省農業試験場、化学会社と、台湾台中市で共同研究した事例があり、特許を取得しています。
4、アカマツの原木をおが粉にして菌床栽培する方法
・ブナシメジやエノキタケなど一般的な食用キノコの菌床栽培では、スギのおが粉が汎用されていますが、これに代わるものとしてアカマツのおが粉を活用する方法です。
5、アカマツ林整備によるマツタケの人工栽培
・アカマツ林を整備して、照度や通風などの環境改善に着手します。
・風倒木を整理して、林床に積もった松葉や下草を取り除いて、土壌の中に潜在する菌根菌の活性を高めておきます。
・積極的にマツタケの菌糸(独自菌株を保有)を接種することで、アカマツの根と菌糸が一緒になった「シロ」の形成を促します。
次に紹介するのは、製紙会社や機器会社との共同研究で、国内外で実施した試験で効果が認められたものです。いずれも特許を保有しています。
① 発生促進効果のある栄養剤を噴霧する。(韓国忠清北道、中国吉林省)
② 人工カミナリ電撃刺激でマツタケやショウロなどの菌根性キノコの発生を促す。(福岡市、岡山県西粟倉村、奈良県宇陀市)
ご質問いただいたアカマツの活用に関して最後にまとめてみました。
環境保全の観点からも、ご相談者さんが保有されているアカマツ林の整備は重要なことだと思います。
ご質問にあったアカマツ林は樹齢を重ねた高齢級の林分のようですが、マツクイムシによる被害や、高度経済成長期に松葉の放置が進んだため、相当に傷んでいる状況ではないかと想像しています。そこで、森林資源の活用のためにも、きのこの生産活動を伴った事業を再開されたらと思います。
しかし、前述した通り、アカマツの風倒木や除間伐したものをきのこ栽培に活用するためには、いくつかのハードルがあります。今回の回答は、あくまでも研究レベルでの助言ですので、実用化への試みは、投資としてのご認識でお考え下さい。
ご相談者さんが営農されている山梨県は野生きのこの宝庫です。富士山麓で行ったフィールドワークでも、マツタケの採集が確認されています。
私自身も山梨県の林業試験場や種菌メーカーと交流していたことがあります。そこで、ご相談者さんには、ぜひ本件に国や県の補助金などを利用して、アカマツを使ったきのこ栽培に挑戦していただきたく思っています。