最近、苔の栽培をしている地域があることを、他の農家さんから聞きました。うちは山間の地域で、休耕田、耕作放棄地も多く、この放棄地を活用して何かできないか悩んでいます。いろいろな活用法を考える中で、「苔栽培」というのはどうだろうかと考えました。
屋上を緑化するために苔を利用したり、寺社仏閣、庭園などに納めたり、観賞用にテラリウム(ガラス容器などで植物などを栽培する技術)で苔を育てるなど、意外と需要があるそうです。
このような話を聞き、苔栽培であれば年配の農家さんでも負担なく取り組めるのではと思い、うちの地域でもできるかどうか検討しています。ただ、どれくらい育てればいいのか、どれくらいの価格で売れるか、そもそも本当に商売として成り立つのかなど、疑問がたくさんあります。
実際に苔栽培をされている方のご意見を伺いたいと思っています。
(山口県・刑部さん/仮名・40代)
白石達也
城東社中
時間がかかり、利益も出ずらいので、安易にオススメできません
私どもは苔栽培を行っていますが、本業は、障がい者支援事業です。障がい者の方は、一生懸命、毎日仕事をしても、月に15,000円くらいしかもらえません。そこで、なんとか障がい者の特性にあった仕事を作ることができないかと思い、苔栽培に着目しました。
障がい者の方は「時間をかけて待つ」「地道に作業をする」という仕事に長けているので、最初はその特性を活かして、盆栽づくりに目を付けました。しかし、私自身が盆栽の良さを理解できないという課題があったので、断念することに。ですが、その時に盆栽の鉢の根元を覆う苔によって、盆栽の値段が格段に変わることを知り、苔栽培を思いつきました。
私たちが栽培しているのは、屋内で育てるのに向いている「ホソバオキナ苔」です。ここ4~5年は、ガラスの容器の中で苔を育てる「苔テラリウム」が人気で、「苔アーティスト」もたくさん出てきました。
しかし、苔は花材のようにどこでも買えるわけではなく、欲しい人は山へ行き、自分で採集するしかありません。そこで、我々が苔の提供を始めたことで、苔の人気がより高まっていったと考えています。
ほかにも、国内には屋外用の苔を栽培、販売しているメーカーやグループがあります。島根県江津市では2012年以降、苔による町おこし「52(ごうつ)KOKE」プロジェクトとして、大阪の化粧品会社や行政、森林組合、農家などが連携し、栽培しやすい「スナゴケ」と「ハイゴケ」を生産しています。
また、新潟周辺には緑化資材として壁や屋根に貼り付けるための苔を育てている会社もあります。ただ、苔を建築資材に使うのは、基本的に1年で張り替える必要があり、耐久年数が短すぎるので、難しいのが実情です。
苔の栽培で儲けを出すのには、時間がかかります。私も5年前に苔生産を開始しましたが、最初の1年目は現地調査に費やしました。大阪、兵庫、京都、和歌山などを歩き回って、どこがどんな苔を栽培するのに適しているか調べました。
2年目は、障がい者に指導するために自分たちが苔に精通しなければならないという気持ちから、奈良県に試験圃場(ほじょう)を作って、栽培技術を学びました。3年目には、香川県と愛媛県の障がい者就労施設で委託栽培を始めましたが、この年は収穫に失敗しました。
苔は成長するまでに2年はかかるので、ようやく2021年末から本格的に流通できる見通しです。私たちの場合でも、収益化の見通しが立つまでに5年かかっているので、農家さんが単体で栽培を始めて、すぐに収入に結びつくという保証はありません。私たちがこれまで続けてこられたのは、本業の障がい者就労支援があったからです。