養殖をしている水産会社に入って数年が経ちました。これまでやりがいをもって仕事をしてきましたが、天然種苗の減少が続いていて、このままではまずいと感じています。
そんな時、栽培漁業の話を耳にして、とても魅力を感じています。
とくに興味を持っているのはクルマエビの栽培漁業で、エビは輸入品に頼っているので、この漁法がもっと一般的になれば、国内産のエビの人気も高まるのではないかと考えています。
これまでエビの養殖をやったことはありませんが、種苗の生産に携わってきたので、何かできることがあれば、協力したいです。
まずは、クルマエビの稚エビがどのように育てられ、放流されているのか、詳しく勉強したいです。
有元操
アリ元技術士事務所 所長
クルマエビの栽培漁業では30mm以上の稚エビを放流しています
クルマエビの栽培漁業
栽培漁業とは、卵がふ化してから稚魚(稚エビ)になるまで、自然界では育つのが難しい時期を、人の手で飼育し、海川に放流し成長した魚介類を獲る漁業のことです。
クルマエビは、世界各地の砂泥域に分布している重要な水産資源です。
国内では、太平洋側では松島湾、日本海側では陸奥湾以南に生息しています。
農林水産省の令和3年12月の「漁業・養殖業生産統計」によると、平成21年度543万tの生産量は年々減少し、令和3年度には421万トンまで減少しました。
生息干潟が少なくなったことや、環境悪化が原因と思われます。
クルマエビの種苗生産は、1934年に藤永元作氏がクルマエビを産卵させ、ミシス期まで飼育に成功したことから始まります。
放流用の種苗生産は、国が行う技術開発により、社団法人 瀬戸内海栽培漁業協会(後の社団法人 日本栽培漁業協会)の屋島、伯方島、上浦の事業場で1964年から始まりました。
その後、志布志事業場に大型水槽(2,500kl)が整備され、1975年には志布志事業場だけで1億尾以上のクルマエビ種苗が生産されました。
クルマエビは日本の栽培漁業の先駆けで、開発された技術は、多くの魚介類の生産、放流の基礎となりました。
放流用のクルマエビ種苗の生産尾数は、1980年の6億尾をピークに減少し、2009年以降1.1億尾台に減少しました(令和5年3月 栽培漁業用種苗等の生産・入手・放流実績(全国).~総括編~)。
1980年の後半は29府県で生産されていましたが、2011年には18府県に減少しました。
主な原因は、放流種苗の大型化や種苗放流事業が進んだことにより、費用対効果を求める側面が大きくなったことがあります。
令和元年度の国内放流量は7,300万尾となっています。
クルマエビの採卵
クルマエビの産卵時期は、海域により異なりますが、4月から9月です。
産卵場所は20m以深の海流や潮流が早い灘域と言われています。雌は交尾後、精子を体内に貯留し、複数回産卵します。
放流用種苗の採卵は、卵巣が大きく発達した天然雌エビを選別し、水槽で産卵させます。
クルマエビの種苗生産では、親から伝染するウイルス病(クルマエビ急性ウイルス血症)が発生し、稚エビが死亡する飼育事例があります。
そのため、親からの感染リスクを低減するために、小型水槽(0.5~1.0kl)に数尾単位で小分けして産卵させ、産卵後の親エビすべてをPCR法で検査し、陰性親エビとなった水槽群の幼生を用いて種苗生産します。
産卵数は雌1尾あたりおおよそ50~100万粒ですが、成熟状況で異なります。受精卵の大きさは約0.2~0.3mmです。
卵は水温25℃下では、約13〜14時間でふ化します。
ふ化後の幼生は、ノープリウス、ミシス、ポストラーバーと変態し、35日ほどで稚エビに成長します。
種苗生産水槽は生産機関で異なり、主に50~200kl水槽が使用されています。
ふ化幼生の収容尾数は、1〜2万尾/klを目安に収容します。
餌料には、微粒子配合飼料、アルテミア、配合飼料を成長に合わせ給餌します。
生残率は飼育条件により異なり,稚エビ10mmまで30~60%程度です。
クルマエビの種苗生産は、ウイルス病や細菌症が発生するため、防疫に細心の注意を払います。
飼育水の殺菌、卵消毒、水槽・器具の消毒、人の手足の消毒等が重要です。
クルマエビの中間育成
陸上での稚エビの中間育成は、コンクリート水槽やキャンバス水槽で行います。収容密度は最大で500g/kl程度です。
餌料には配合飼料を用います。水質の悪化を防ぐため、過給餌を避けます。
さらに、稚エビが酸素不足にならないように、水槽の底から通気します。
クルマエビの放流
クルマエビの放流サイズは、潜水能力を考慮して30mm以上が良いとされています。
水槽からの稚エビの取り上げは、水槽の水位を徐々に落とし、網に受けます。
このとき、稚エビの歩脚を傷つけないように密度や流速に注意します。
運搬は水槽容量に対し稚エビ15kg/kl程度を目安とします。輸送水温は25℃前後で、夏場は冷却が必要となります。
クルマエビは、昼間は砂の中に潜り、夜になると餌を求めて泳ぐ生態を有しています。
放流地域は稚エビが潜りやすい砂地で、食害を防げる干潟の潮だまりが望ましいと考えられています。
ただし、水温が35℃以上になると稚エビの生息が難しくなるため、暑すぎる環境は避け、放流することが重要です。
ヒメハゼなどの魚類からの食害を防ぐために、干潟に設置した囲い網の中で放流前には稚エビに潜砂能力を負荷することが重要です。
また、この時鳥による食害を防ぐために、囲い網の上には防鳥網を設置します。
囲い網へ稚エビを収容する時は、小潮に行うのが望ましく、水温が高温となる炎天下の日は避けた方が良いです。
2日ほどで、ある程度潜砂能力が負荷されるため、囲い網から解放し放流します。
クルマエビの国内漁獲高の2割以上を占める愛知県では、平成23年に囲い網方式から直接放流に切り替えています。
囲い網方式では人件費や設備コストがかかるため、直接放流に移行しました。
早期種苗生産技術が開発され、稚エビを早期に放流することでヒメハゼからの食害を軽減できます。
府県別放流数は、令和3年度は愛知県2,000万尾、大分県780万尾、宮崎県600万尾が放流されています。
このお悩みの監修者
有元操
アリ元技術士事務所 所長
国立研究開発法人水産総合研究センター 増養殖研究所の部長や本部の研究開発コーディネーターを歴任。シマアジのウイルス性神経壊死症(VNN)が初めて発生した際に、原因解明し、対策を講じ、シマアジ種苗の生産性を回復させた。博士(農学)、技術士(水産分野)