わが家は養豚業を営んでいます。現在の経営者は父で、30年ほど前に山林の中にある3ヘクタールほどの養豚場を親戚から譲り受けて以来、繁殖豚舎、育成豚舎、肥育豚舎の3つの豚舎で繁殖から出荷までを行っています。
経営は順調で、数年以内には私が父の後を継ぐ予定です。
商業主義の父は、母豚を1匹だけ隔離して妊娠を繰り返させる「妊娠ストール」を行うことに肯定的で、常に120頭の母豚を管理し、1母豚あたり年間24頭出荷しています。
しかし言い方は悪いですが、私には不自由な思いをして一生を過ごす母豚がかわいそうに思えて仕方がないのです。
また動物福祉(アニマルウェルフェア)の観点から見ても、豚にとって快適じゃないような気がします。
そのため、経営を交代したら多少は事業規模を縮小してでも「妊娠ストール」を廃止して、ゆくゆくは放牧に切り替えたいと考えています。
そのため、どのように移行していくのがスムーズでしょうか?突然すべての豚を放牧に移行させるのは無謀ですか?
豚舎の周囲は山林で買い取ることもできそうですが、資金的にすぐにとはいかなそうです。どんな用意をしていくべきなのかなど、アドバイスをもらえればと思います。
(群馬県・町田さん/仮名・40代)
早川結子
イデアス・スワインクリニック 養豚管理獣医師
豚熱汚染地域での放牧は危険、放牧以外の方法で母豚の自由を叶えましょう
きっと小さなころから豚を見て大きくなられたのでしょう、豚に寄り添った目線で農場の将来像を思い描いておられますね。
しかし養豚の本質は、経営を持続させていく経済活動です。
畜産業界は、今も昔も飼料高、輸入豚肉の関税撤廃、重要疾病の発生とさまざまな厳しい局面にさらされており、効率化による生産コストの削減と、少しでも高く生産物を売る努力が常に求められます。
相談者さまに課せられているのは、お父さまが守って来られた大事な農場を引き継ぎ、経営を成り立たせながらご自分の思いを反映させた農場を実現させることです。
それには、経営の持続性とご自分の思いが対立する形ではなく、車輪の両輪のように同じ方向に働く力であって欲しいと思います。
そのご自分の思いですが、ご質問を拝見しますと、
1、ストール飼いからの母豚の開放
2、放牧
3、アニマルウェルフェア(=AW)……の三つのキーワードが見えてきます。
ご質問からは、相談者さまの根本的な願いは1であり、その実現のために2を実施したい、それによって3に配慮した農場でありたい、というお考えであると解釈しました。
まず2の放牧についてです。確かに放牧は、母豚をストール柵に入れずに飼養するひとつの方法ですが、実施は難しいと思います。
主な理由は、管理が行き届かず、舎内飼育と比較して成績が落ちることと、豚熱の感染リスクが高いことの二点です。
特に大きな問題なのが豚熱です。ご存知のとおり、現在、国内では特定家畜伝染病である豚熱(CSF)が発生しており、その主な感染源は野生イノシシです。
特定家畜伝染病は、1頭でも感染が認められた場合、その農場で飼養されているすべての豚を殺処分し、敷地内に埋却しなければなりません。
2018年以降、群馬県でも多くの野生イノシシからCSFウイルスが検出されており、県内7軒の養豚場でCSFが発生し、これまでに2万7000頭以上の豚が殺処分されました。
CSFウイルスは、感染イノシシの糞尿、鼻汁、唾液、血液などの体液中に排出され、環境やその他の野生生物に付着します。
現在、群馬県の山はCSFウイルスで汚染されていると考えるべきであり、この状況下で山野に豚を放すことは自殺行為であると言わざるを得ません。
しかし放牧が実行不可能だとしても、ストール飼いから母豚を開放することはできます。
それは母豚をストール柵のない豚房で群飼する方法で、実際に国内外で行われています。
母豚が自由に動きまわれることや、群で過ごすことが豚生来の性質であることから、アニマルウェルフェア(AW)の基本概念として定義された5項目の「通常の行動様式を発現する自由」を満たす手法として注目されています。
というわけで、放牧をしなくても、畜舎内で母豚を群飼することで1を実現し、3に配慮することができると思います。
ちなみに現在の国内のAW基準ではストール飼いの廃止や母豚の群飼は含まれていませんが、AW発祥の地であるEUでは2027年までに完全なストール柵の撤廃が議決されています。
国内のAWへの対応はまだまだこれからですが、このままいけばEUの流れは確実に日本にも迫って来て、そのうちEU並みのAWに対応した農場由来の豚肉しか買ってもらえなくなるとの見方もあります。
相談者さまがいち早くこの点に乗り出すことは、今後の経営にとっては強みになるはずです。付加価値を付けての販売やブランド化など、ぜひ積極的な販売戦略も併せて考えて行っていただきたいです。
上記によって相談者様が妊娠豚の群飼をするとした場合、どのように進めるかについては、まず具体的な実施方法について計画を立てることだと思います。
母豚の群飼方法については国内で確立されたものはありません。
EUではエビデンスにもとづいて、1頭あたりのスペース(未経産豚1.64平方メートル、経産豚2.25平方メートル)、群飼を行う期間(交配後4週間から分娩前1週間)などを定めていますので、これを基本データとして活用されるとよいと思います。
1群の頭数については、ストレス指標に差がなかったという実験を根拠に、定められていません。
一番の問題はどのように群編成するかです。分娩前に妊娠豚を分娩舎へ移動することを考えると、交配グループごとに群を作ることがまず思い浮かびます。
例えばウィークリー養豚では、妊娠期間115日から交配後4週間と分娩前の1週間を除くと、(115-28-7)÷7=約12週分の妊娠豚グループができますので、群飼ペンは少なくとも12個必要になります。
1豚房あたりの頭数は、母豚規模120頭の農場なら、120頭÷21グループ=5~6頭になります。1豚房あたりの面積は、6頭×2.25平方メートル=13.5平方メートルになります。
また、母豚を群飼すると少なからずいじめられる母豚が発生しますので、飼槽を頭数分設置したり、豚房内に簡易的に仕切られた休息スペースを設けるといった工夫も必要です。
欧州では、スマート技術を活用した母豚の一括した群飼育も行われています。
母豚に個体識別用のICタグを取り付け、センサー付きの給餌器で個体管理を実現します(分娩舎へ移動する豚もオートソートしてくれます)。
これは効率的にAWを実施する方法ではありますが、設備は海外から輸入する必要があります。
国内でも母豚の一括群飼を行っている農場がいくつかありますので、機会があったら見学に行かれても良いですね。(オランダNedap社のベロスというシステムを導入しているところもあります )。
実際に見たり体験したりすることで、豚の様子や作業の流れ、必要な設備などがわかり、具体的にどのような投資が必要かも決まってくると思います。
投資額が見えたら、見合った売り上げ増が見込めるのかを検討し、必要な修正を加えていきます。
注意すべきは、ストール飼いに比べて、群飼では、母豚1頭あたりの飼養面積が1.7〜2倍近くになることです。面積が増えると、同じスペースで年間生産する豚肉量が減りますので、借り入れを返済する時間も増えることになります。
他人資本を入れるか否かはわかりませんが、入れなくても一度は事業計画を作成されると良いでしょう。
群飼自体は、群飼ペンの建設事情にもよりますが、交配後4週間、ちょうど妊娠鑑定が終わったグループから順に群飼ペンに移動していくと、人も豚も群飼の管理に慣れていくのには良いのではないでしょうか?
設備、運用方法、資金の流れ、販売戦略……それぞれが明確に頭の中でイメージできれば、後は実行に移すだけです。ご自身の思いを体現する経営で成功されることを願っています。