繁殖から出荷までを手掛ける養豚場で、2年前から働かせてもらっている者です。
先日、肥育豚舎内で起きた豚同士の喧嘩を仲裁しようとしたところ、足に歯が当たって出血してしまい、病院へ駆け込みました。
幸い化膿することもなく1週間ほどで通常通りに働けるようになりましたが、成長した豚は100キロ以上あるので、喧嘩の仲裁に入るとケガをしてしまうこともあります。
先輩に豚同士が喧嘩をした際の対処法を聞くと「喧嘩の仲裁は素人がするものだ(危ないから放っておきな)」と言うのですが、私は豚たちにケガをしてほしくなくて、喧嘩が始まるとつい仲裁に入ってしまうのです。
ストール内は基本的に豚が自由に歩き回れるつくりで、6~7頭ずつがひとつの豚房に過ごしています。
私も他のスタッフたちも、常に房内を快適な温度に保ち、清掃をしっかり行ったり一頭一頭に声をかけながらエサを与えたりしてストレスをためないように注意しているものの、なかなか喧嘩をしない状態にはできません。
そもそも喧嘩をしなければ私が仲裁をする必要もないわけなので、豚たちが平穏でいられるようにするポイントがあれば、ぜひ知りたいです。
(群馬県・松田さん/仮名・30代)
早川結子
イデアス・スワインクリニック 養豚管理獣医師
豚たちにとってけんかは社会的行動のひとつ。習性に合わせて対処しましょう
相談内容を読んで、大変驚きました。私も離乳したばかりの子豚がけんかをしているのを見るに見かねて止めることはありますが、肥育豚のけんかの仲裁に入るという話は、正直これまで聞いたことがありませんでした。
1番の理由は、質問者の先輩方もおっしゃっているように、非常に危険だからです。
豚を心配するお気持ちはよくわかりますが、ご自身がけがをされることの方があってはならないことです。どうかおやめください。
その気持ちは、このあとご紹介する理由を知れば少し楽になるかもしれません。
2番目の理由は、肥育豚がけんかをするのは自然なことであり、かつ豚たちが無用な争いを避けるために必要なプロセスであるということです。
豚に限らず、多くの動物は、見知らぬ個体同士が群れにされるとけんかをします。
『ブタの動物学(東京大学出版会)』に書かれている豚の闘争に関する説明を抜粋しますと、「この行動は、かれらにとっては必要なことで、初対面の相手とは闘争によってたがいの優劣を明確にし、その後のむだな争いを避けて群れとして安定させる機能をもつ。」
「通常は、たがいに生命にかかわるほどの激しいものではない」ということです。
実際、けんかがよく見られるのは、離乳時や肥育舎へ移動した直後です。つまり新たな群編成に伴って生じているだけで、数日後にはめったにけんかを見かけなくなっているはずです。
こうしたタイミング以外でけんかが生じるケースで最も多いのは、肥育豚舎で出荷が始まり、別々の豚房の残りの豚同士をひとつの豚房にまとめたときです。
このときのけんかは、新たな群編成時に起きる順位決めのけんかとは異なり、先住豚にとっては自分の縄張りによそ者が入ってきたことになるので、これを排除しようと熾烈なものになりますし、いつまでも「よそ者」はいじめられることになります。
相談内容(止めに入りたくなるほど激しいこと、いつもけんかをしていること)から、相談者さまの農場では、こうした豚房整理を目的とした「豚を混ぜる」ことが、頻繁に行われているのではありませんか?
このような攻撃の対象になった豚は、発育が大幅に遅れてしまいます。それがわかっている豚屋さん達は、豚房の空きを「もったいない、まとめたい、詰めて空いたところを洗い始めたい」と思いつつも、残りの豚たちを一緒にすることは基本的にしません。
もし、飼養スペースが足りずに出荷残豚たちをまとめざるを得ないときは、ひとつコツがあります。
豚を元々いた豚房から直接、他の豚が残っている豚房へと移動させるのではなく、同居させる予定の豚たちをいったん、通路にすべて出して、しばらく一緒に放っておくのです。
それから同居させる予定の豚房にいっせいに入れます。
もしスペースに余裕がないなどの理由で通路に出すことができなければ、洗っていなくてもよいので、先住豚のいない豚房に同居させる出荷残豚をいっせいに入れます。
このひと手間で、豚たちにとっては縄張りがリセットされ、けんかが起きないで済むか、起きても順位決め程度に抑えられます。
豚が平穏に過ごすのに一番大事なのは、自分の縄張りが乱されないこと、つまり異なる豚房で過ごしていた豚同士をなるべく混ぜないことです。
後からになりましたが、豚1頭当たりの飼育密度が適切であることは外すことのできない大前提です。
全面スノコで、70キログラムで0.52平方メートル、110キログラムで0.77平方メートルが、1頭あたりの必要最小面積となります。
おがくず豚舎や部分スノコ豚舎では、これらの数字よりも30%ほど大きな面積が必要になります。質問者さまの肥育豚房はいかがでしょうか。
最後に、これはおまけですが、もし離乳時も豚舎移動時も、とにかくけんかをさせたくないのなら、出荷まで同腹豚のみで群編成をするという手があります。
豚たちの最初のけんかは、生後3日以内に起こる兄弟間の乳飲み順位の争いで済んでいるからです(当然、かなりの豚房数が必要になりますので、規模の小さな農場でないと難しいと思いますが)。
集団で生活する豚たちにとって、けんかは社会的な行動のひとつなのだとご理解ください。