甘さにこだわって栗を作っていた父が事故で亡くなってしまい、私が急に引き継ぐことになりました。
私は大学を卒業してから20年ほどサラリーマンを務めてきたので、まったくの初心者です。
慣れないことばかりですが、父が築いてきたものを守っていきたいです。
今は「利平」「筑波」「石鎚(いしづち)」などを育てており、8月下旬から10月にかけて収穫しています。
収穫後は一定期間貯蔵し、糖度をアップさせて出荷します。
父の栗は甘いのが自慢で、これまで何軒かの有名菓子店にも卸してきました。
私が引き継いだのはいいのですが、1年目から長年付き合いのあるパティシエに味が違うと言われてしまいました。
父は温度調整について詳細な記録を残しておらず、途方に暮れています。
ポリ袋を使って貯蔵した栗を約1カ月程度かけて低温熟成するという程度しかわかりません。
正確な温度のメモすら残っていません。
試行錯誤を繰り返すしかありませんが、温度調節のコツを少しでも知りたいです。
設定温度は0度なのか、それともマイナス1度なのか、栗の種類や期間によって変えるのか…。
温度調節のコツを企業秘密にしている農家さんが多いようですが、どんなことでもいいので手がかりになるコツを教えてください。
(東京都・川藤研二さん/仮名・40代)
松尾和広
松尾栗園
栗の保存は、冷蔵庫内のクセを把握し、きめ細かい温度管理や湿度管理の徹底をしましょう
私は石川県・能登で「松尾栗園」を営んでおり、素材の甘味を極限まで引き出す冷蔵熟成を追求しています。
ご存知のことでしょうが、栗の主成分はでんぷんです。
でんぷんを分解し甘い糖に変える働きをするのが、アミラーゼという酵素です。
0℃になるとアミラーゼの活動が活発になります。
さらに言えば、0℃よりマイナス1℃、マイナス1℃よりマイナス2℃と、冷やすほど甘く、おいしい栗になります。
ただし、それ以上冷やすと栗が凍ってしまい、細胞が破壊されて味が劣化するリスクもあります。
創業以来、当園では低温熟成用冷蔵庫にダイキン製2台、ホシザキ製1台を使ってきました。
普通の冷蔵庫は、栗を冷やす送風ファンは庫内奥にあります。
しかし、温度センサーは入口近くにあります。
つまり、冷蔵庫内では冷えすぎてしまう場所も出てくるのですが、残念ながら温度センサーだけを見ていてもわかりません。
結果、大切な栗が凍ってしまうことも起こります。私たちも売り物にならず廃棄処分してしまったこともありました。
温度センサーさえ見てればいいわけではないのですから、冷えすぎる部分の栗には毛布をかけるなど、場所ごとにきめ細かく温度管理をしなければなりません。
冷蔵庫内の栗すべてがマイナス2度になっているか、マイナス3℃以下になっているところはないか、45日の熟成期間は温度管理に気が抜けません。
さらに言えば、栗が乾燥して水分量を損なわないような湿度管理も重要です。
このような試行錯誤を繰り返し、やっと冷蔵庫を使いこなせるようになったところで機械が老朽化してしまいます。
2021年にはダイキン製2台をホシザキ製の最新型に買い替えました。
使い慣れたホシザキ製ですので、すぐに使いこなせるだろうと思いました。しかし、そんなことはありませんでした。
それぞれの冷蔵庫にはクセがあります。
結局は無念に思いながら一部の栗を廃棄し、つぎは失敗しないようにとイチからの試行錯誤を繰り返すこととなりました。
さらに冷蔵以外にも下記の2点について注意していただくと糖度を失わずに済みます。
1、収穫について〜栗は樹から落果した瞬間から養分の供給が止まり、それと共に呼吸によって糖分の消失が始まります。
落果後、24時間も放置すれば相当な糖が失われるうえ、糖の消失量は温度と正比例します。
つまり、毎朝、一刻も早く収穫して、一刻も早く選果して、一刻も早く冷蔵庫に貯蔵するスピード感が大事なのです。
2、デンプンの少ない栗は取り除く〜冷蔵熟成とはデンプンを分解して、糖を増やす作業です。
デンプン含有量が少ない栗は、いくら冷蔵熟成しても糖度は平均以下止まり。
では、デンプンの含有量が少ない栗をどう見抜けばいいでしょうか?
デンプンの分子は、水より1.6倍ほど重いので、収穫後、水に浮くような栗なら、デンプンの含有量が少ないことがわかります。
こういった栗は優良品にならないので、浮き果は必ず取り除いてください。
冷蔵庫のクセ、庫内の温度ムラ、湿度管理、収穫時の作業工程などをもう一度細やかに見直してみてはいかがでしょうか。
京都丹波もん
京都丹波もん
良質な栗を収穫後8時間以内に冷蔵。あとは様子を見ながら調整していきましょう
栗の低温熟成は、温度調整が非常に難しいことで知られています。
きっと、お父さまは大変苦労されたと思います。
そういったこともありますので、同業者から簡単に教えてもらうこともできないでしょう。
また、仮に親切な人から教えてもらったとしても、冷蔵する環境の違いで熟成の状況も違ってきます。
やはり最後はご自身で試行錯誤するのがベターかと思います。
私は栽培での有機肥料や微生物などで良質な栗を作り、その上で低温熟成できればいいと考えております。
低温熟成する際は、収穫後8時間以内に冷蔵庫に入れるのが基本です。
温度調整は0℃からマイナス2℃に保ちます。
栗が凍らないギリギリの温度が最も良いです。品種により管理方法は異なりますので早生〜晩生により調整が必要です。
早生の場合は2度から始め、様子を見ながら温度を下げて調整し、外気温が下がる晩生などは0度くらいからの調整で良いと思います。
収穫時の水分量なども考慮していけば、きっとお父さまの栗に近付くことができると思います。