さまざまな野菜を栽培している農家ですが、出荷先の産直サイトでの売れ行きが良くないので、新しい作物の生産をはじめようかと考えています。
ほかの農家さんが作っている品目だと競争が激しいので、きのこの栽培だったら勝ち目があるのではないかと検討しています。
きのこの中でも、人気が高そうなエリンギに興味を持っているのですが、栽培方法についてはあまりよくわかっていません。
周囲の農家に相談していたところ、「きのこ類は衛生管理が重要だ」と知り合いの農家さんに言われました。
もしエリンギにカビが生えたらダメになってしまうと聞いたのですが、きのこ農家さんはどのようにしてカビを不正でいるのでしょうか?
対策や予防方法があれば教えていただけないでしょうか。
大賀祥治
九州大学 名誉教授、中国吉林農業大学 教授
カビはエリンギの大敵!変形や立ち枯れの原因にも
カビも真菌類 エリンギと生育環境が同じ
エリンギ栽培で最も気をつけなければならないものの一つがカビです。カビが発生するとエリンギの変形や変色につながるだけでなく、栽培室で飛散して被害が広がるおそれがあります。
まず初めに、カビとキノコの違いを説明しましょう。
そもそもエリンギをはじめとするキノコ類とカビとは、同じ「真菌類」に属しています。
カビもキノコも、体は糸状の細胞(=菌糸・きんし)でできています。
植物が種を残すのと同様に、菌糸は「胞子(ほうし)」を作って子孫を残します。胞子を作る器官(=子実体・しじつたい)が、人間の目に見えるほど大きくなったものがキノコです。
したがって、カビとキノコはほとんど同じ環境で発生し、広がります。エリンギが生育しやすいよう整えられた場所は、カビにとっても生育に適した環境なのです。
続いて、エリンギ栽培に影響するカビの種類を紹介しましょう。
アオカビ、トリコデルマ、クロカビ
アオカビ、トリコデルマ、クロカビは名前の通り、見た目の色で判別可能です。
アオカビは食品や靴・衣類などにもよく見られる青色のカビです。「アオカビ属」に属します。
キノコへ害を与える力は弱いものの、空中を浮遊する性質があり、感染力が高いのが特徴です。
トリコデルマは「ツチアオカビ」とも呼ばれます。
「トリコデルマ属」に属し、枯れ木や土壌に棲みつきます。キノコの栽培環境では大きな被害の原因となるため、特に気を付けたいカビの一種です。
クロカビも住居や食品によく発生するカビです。
「クラドスポリウム属」に属し、空中に浮遊します。
培地(ばいち=キノコが育つ土台を人工的に作ったもの)に侵入すると、栄養分を奪ってキノコの発芽を遅らせたり、生育を鈍らせたりします。
ケカビ、クモノスカビ
ケカビやクモノスカビは、キノコの菌糸よりも早いスピードで綿毛状に広がるカビです。
発生すると、培地を詰めた瓶全体に薄く蔓延している状態(=うすまわり)になります。
進行すると空中に漂って被害を広げるので、発生を確認したら早めに対処することが重要です。
カビが原因と考えられるエリンギの病気、症状
カビが原因で起こるエリンギの病気「ワタカビ病」「ピンク病」について解説します。
ワタカビ病
ワタカビ病はエノキタケやブナシメジの栽培でも見られる病気で、エリンギでも発生が確認されています。原因は「クラドボトリウム・バリウム」というカビで、キノコ栽培では最も厄介なカビの一つです。
キノコの根元から白い綿状のカビが発生し、キノコを覆ってやがて枯死させます。
キノコに付いているのが見え始めた頃にはすでに胞子が飛散している可能性が高く、周囲や栽培室全体を汚染します。
ピンク病(桃色カビ立枯病)
桃色カビ立枯病(ピンク)は、名前の通りキノコがピンク色に変色し、生育が進まなくなる病気です。原因は「スピセルム・ロゼウム」というカビで、「クラドボトリウム・バリウム」に並ぶ厄介者です。
ピンク色の胞子は飛散しやすく、栽培施設に被害を広げます。
「シュードモナス・トラシー」という細菌感染による腐敗病(黒腐細菌病、黒腐れ病とも呼ぶ)に併発することが多く、対処がより困難になります。
ワタカビ病、ピンク病の原因菌は感染力が強く、一度発生してしまうと根絶しにくいのが特徴です。
エリンギをカビの害から防ぐ方法
エリンギをカビから守る対策について説明します。
菌床をしっかり殺菌し、栽培環境は常にクリーンに
予防策としては、カビが混入しない栽培環境を保つことが第一です。
まずは菌床の殺菌工程を徹底してください。温度、時間などの条件が不十分にならないように気をつけましょう。
施設内は常にクリーンにすることが必要です。作業場や使用器具は事前にしっかり消毒し、作業者も着衣などから原因のカビを媒介しないように衛生管理を徹底しましょう。
また、作業室や栽培室の温度・湿度調整も油断できません。過度の湿気や温度変化はカビの発生を誘発します。
さらにこまめな換気などにより空気を循環させ、余分な湿気は取り除いてください。
エリンギの植菌・培養のコツについてはこちらをご覧ください
「エリンギの種菌の植え付け作業はどうやってやればいいの?」
もしもカビに汚染されたエリンギや菌床を見つけたら
もしもカビに汚染されたエリンギや菌床を見つけたら、栽培室から速やかに除去してください。除去した後は栽培室全体を消毒します。
害菌に汚染された菌床は、胞子が飛散して新たな被害をもたらすこともあります。除去する際にもできるだけ密封し、施設内に胞子を残さないよう配慮しましょう。
運んだ道や移動作業担当者にも害菌が付着しているおそれがあります。作業の後はしっかり消毒してください。
どの工程でトラブルが起こったか突き止めて対処する
病気や異状が発生したときに重要なポイントは、どの工程で原因となるカビが混入したかを見極めることです。判断を誤ると、再発を繰り返したり、被害拡大を招いたりします。
いつから発生しどの範囲に及んでいるか、温度や湿度の設定に変化がなかったかを調査してください。
カビや雑菌が原因と思われる症状の場合は、侵入経路を特定し、物理的に塞いだり消毒したりして、同じトラブルを繰り返さないための対策を講じましょう。
被害状況によっては、栽培室に浮遊している菌のサンプルを採取して、専門的な検査が必要なケースもあります。
キノコの栽培はクリーンな環境が第一です。日頃からカビや雑菌が侵入しないよう、清掃やチェックを徹底してください。
このお悩みの監修者
大賀祥治
九州大学 名誉教授、中国吉林農業大学 教授
農学博士。専門は、きのこ学、森林資源学。とくに食用・薬用キノコの生理特性や生産技術、森林の木材腐朽菌および菌根菌を研究し、九州大学発ベンチャー企業「株式会社マッシュピア」「ヒマラヤンバイオ・ジャパン株式会社」の各々会長、代表も務めている。