肥料でも、農薬でもないのに、作物や土壌に良い効果をもたらすバイオスティミュラント(以下BS)資材は、農業生産や経営の強い味方になる資材として、注目を集めています。
前回の入門編では、体調維持などのためのサプリメントにたとえて説明しましたが、サプリ同様、BS資材も種類が多岐にわたります。
2回目はさまざまな種類のBS資材について学びながら、日本での今後の展望について、日本バイオスティミュラント協議会の須藤修事務局長に伺ってまいりましょう。
・気候変動への対応を見据えて成長する市場
・さまざまなBS資材を知る
・普及に向けた課題
気候変動への対応を見据えて成長する市場
前回、BS資材は、定義には曖昧なところがあり、普及が遅れているとお話ししました。
須藤さんによると、EU各国ではBSについては、新しい「EU肥料法」のなかで管理されることが既に決定しています。一方のアメリカでは、州ごとの規則で管理されている場合もありますが、最近になって天然資材の利用を加速させたいという関係企業団体の動きが注目されています。
世界ではすでに3,000億円に迫る規模に成長していると推計されるBS市場ですが、この成長の背景には、深刻化する地球温暖化と食糧安全保障の問題が関わっています。
ヨーロッパ各地では近年、歴史的な熱波や干ばつ、森林火災や水害などの自然災害が相次いでおり、さまざまな気候変動に抵抗できる作物の開発が、急務となっているからです。
迫る人口爆発と食糧安定供給の問題
国連経済社会局(UNDESA)が発表した「2022年の世界人口推計」によれば、地球の人口は、3年前の予測より早まって11月には80億人に到達。36年後の2058年には約100億人台を突破し、2080年代まで増え続けるという予測です。
そう遠くない未来の人口爆発に備えて、全世界で生産性効率化のための技術や資材開発が求められているのです。
日本は、ヨーロッパに比べれば雨が多いですが、最近は毎年のように最高気温35度を超える猛暑日も増えており、台風による大雨被害もあいついでいますから、対岸の火事ではありません。
そこで、この先も安定して食料を確保するため、農業現場が抱えている課題を解決に導く方法のひとつとしてBS資材が期待されているのです。
BS資材にはどんな種類があるのか?
ここからはBS資材を検討中の皆さんに向けて、原料や機能ごとに紹介していきたいと思います。
1.土づくりと成長刺激−腐植酸「フルボ酸」「フミン酸」
代表的なのが腐植酸と呼ばれる有機酸資材です。こちらはYUIME.jp読者の間でもたびたび相談が寄せられます。
腐植酸とは、土壌微生物によって分解された植物や動物の死骸から出る物質のことで、酸やアルカリへの溶けやすさから「フルボ酸」や「フミン酸」に分類されます。
その化学的な性質から、肥料成分(陽イオン)をよく吸着しますので、腐植酸が多い土は、保肥力が高いと言えます。しかし作物の成長過程で減少するため、外から補ってあげる必要があるのです。
国内では「地力増進法」によって土壌改良資材として認められているため、既に取り入れている生産者も少なくありませんが、機能は保肥力アップにとどまらず、根の周りへ局所的に与えることで、植物の活力向上が期待されています。
根張りが良くなることで、養分や水分の吸収が旺盛になり、高温障害や根痛みなどのリスクも軽減されます。
2.農家の知恵が生きるー海藻エキスの「多糖類」
海藻には、豊富なミネラルをはじめ、旨味のもとであるアミノ酸やヌルヌル成分である多糖類(フコイダン、アルギン酸)にくわえて、ビタミンなど60種類以上の栄養素が含まれていることから、生産現場ではお馴染みの資材です。
例えば、主成分のアルギン酸は、水を吸収すると膨張して、土壌の保水力を高め、有用微生物のエサとなることで、団粒構造を良くする働きがあります。
3.旨味アップ-アミノ酸資材「ぼかし肥料」
アミノ酸はタンパク質を構成する必要不可欠な要素です。窒素は、根から吸収されると、植物体内でエネルギーを消費しながら、アミノ酸に合成され、タンパク質に変わります。
アミノ酸資材は、この工程をショートカットして葉面に散布することで、植物体内のエネルギーを温存させたまま、タンパク質を作ることができると言われています。作物が弱っている時に使用することで、光合成機能を改善し、免疫力を高めるような働きがあると考えられています。
これらの資材は、動植物や家畜の排泄物、食品加工の製造過程で出される残渣などさまざまな原料から作られます。魚介類の加工時に多量に発生する廃棄物(魚さい)から得られるアミノ酸やペプチド。米ぬかや油カス、大豆カスなどといったお馴染みの「ぼかし肥料」にもアミノ酸は含まれています。
またサトウキビやトウモロコシから砂糖を精製する際に出るグルタミン酸は旨味成分として知られています。昆布も旨味のもとですから、野菜のえぐ味を減らして、糖度を高める働きも期待されているのです。
4.生理機能の活性化−微量ミネラル
人間が健康を維持していくうえで、カルシウムや鉄などを含む食べ物が必要なように、植物もミネラル成分が足りなくなると生理障害を起こします。
その代表が、鉄分やマグネシウム、マンガン。いずれも葉緑体の生産には不可欠な元素です。これらの元素が欠乏すると光合成ができなくなり、植物の成長はストップしてしまいます。
ほかにも細胞壁の生成に重要な役割をもつホウ素や、植物ホルモンであるオーキシンの合成に関与している亜鉛、その他、モリブデン、銅、ニッケル、塩素などの元素もを必要とされています。
5.根の周りに生息する微生物資材(さまざまな根圏微生物)
根は、植物体を支え、水と肥料を吸収するだけの器官ではありません。根の周りに生息するさまざまな微生物は、土壌中の養分を吸収して植物に供給しています。例えばマツタケは、アカマツの木の根に寄生する菌根菌の仲間です。木が養分を吸収するのを助ける代わりに、木から炭水化物を貰うことで生活しています。菌糸が地上に伸びたものがキノコになるのです。
「根圏」と呼ばれる根の周りで共生関係を結ぶ微生物は、さながら人間の腸内に生息している「腸内細菌の集団(腸内フローラ)」を彷彿とさせます。
その機能は養分のやり取りだけでなく、病原体を寄せ付けないようにガードしたり、植物ホルモンの生成に関わっていたりとさまざま。ここでは、代表的な微生物資材をご紹介します。
アーバスキュラー菌根菌(AM菌)
土壌からリン酸や窒素を吸収。イネ科やマメ科、ナス科など重要作物を含むほとんどの植物と共生関係を結ぶ。増殖に手間とコストがかかることが課題だったが、大阪府立大学などのチームが脂肪酸を使って純粋培養する方法を研究。根粒菌
マメ科植物の根に作った小さなこぶに生息し、大気中から取り込んだ窒素をアンモニアに変換(=窒素固定)する。秋田県立大学のチームが、マメ科の「ヘアリーベッチ」を植えることで、根粒菌を大豆生産に役立てる研究を進めている。納豆菌などのバチルス菌
稲ワラの分解を促進するなど堆肥作りに役立ったり、植物成長ホルモンの生成に関わるほか、カビなどの病原菌を抑える働きがある。酵母菌
植物成長ホルモン「オーキシン」を生成することで、細根を充実させる。活動を停止した後も、菌体からアミノ酸、ミネラル、核酸、植物成長ホルモン、ビタミンなどを放出する。トリコデルマ菌
根の表面を覆うように増殖することで、根の周りをガードし、病原菌などの微生物を寄せつけにくくするという報告もあります。海外ではトマトの灰色かび病に対して、特定のトリコデルマ菌に予防効果が報告されているなど、病原体や寄生虫に対する防御機能(抵抗誘導性)を高める機能が期待されています。しかし、日本のバイオスティミュラント資材の場合は、主に環境由来のストレス(乾燥、肥料不足など)への対応や根の発達を目的として使用されます。
放線菌
培養液から結核治療に使われるストレプトマイシンが発見されたように、放線菌は数多くの抗生物質を生産する能力を持っています。カニ殻に多く含まれるキチン質を餌にするので、畑にカニ殻を処理すれば、時間はかかりますが、放線菌を増やすことができます。放線菌はキチナーゼという酵素を作ってキチンを分解していきます。土壌病原菌の細胞壁にはキチン質が含まれていますので、それらの微生物の細胞を破壊することもできるという報告もあるようです。
光合成細菌
酸素がない田んぼなどに生息。イネの根腐れの原因となる硫化水素や、悪臭のもとであるメルカプタンを餌にして、アミノ酸やビタミン、酢酸物質、核酸などを作ることで、果実の色や収量改善が期待されています。名古屋大学大学院のチームが、「シアノバクテリア」の光合成能力に着目して研究中。研究者が評価するBS資材の効果
北里大学の大村智教授がゴルフ場で見つけた新種の放線菌から、寄生虫治療に役立つ化合物を発見したことでノーベル医学・生理学賞を受賞したニュースが記憶に新しいように、土壌微生物には植物の防護機能アップにとどまらず、いろいろなストレスへの抵抗力を高める可能性があります。
BS資材を原材料別に紹介してきましたが、次のような働きについては多くの研究者によって評価されています。
・非生物ストレスに対する抵抗性
・栄養吸収を強化(=肥料の利用効率アップ)
・光合成機能を改善して成長を刺激
・増収と品質改善
最後の“増収”は、収穫物の「量」を増やすと共に、「品質」を上げる(=秀品率)ことで、生産者の収益増に結びつきます。
BS普及に向けた課題
肥料価格の高騰が農業経営を圧迫する今、BS資材の導入によって、高い肥料効率が得られるのは良いことづくめに見えますが、須藤さんはさらなる普及拡大には課題があると指摘しています。
それは、BS資材をどのくらいの期間にわたってどれくらい使ったら、威力を発揮するのかをわかりやすく解明することです。個々の製品の有用性を理解して使いこなすことはもちろん、複数のバイオスティミュラントや農薬、肥料などを体系的に使いこなす技術を完成させるためには、もう少し時間を要するのではないかと考えています。
BS資材は自然環境に存在する資材や微生物などを原材料としています。生産者が安心して使えるようにするためには、品質の均一化と安定化は重要です。さらに圃場環境や作物の品種や生育段階、作型に適したBS資材の充実も求められています。
農業経営をめぐる情勢が厳しさを増すなか、食料の安定供給の課題は今や待ったなしです。今後は、生産者と研究者が協力しあいながら、有効性を裏付けるデータを集め、研究開発に結びつけていく必要があるでしょう。
次の記事では、オススメのBS資材を取り上げます。