振動を発生させることで、農薬を使わずにトマトの害虫コナジラミを減らし、受粉率が良くなる技術を覚えているでしょうか?
同じ農薬を続けていることで薬剤が効きにくくなる抵抗性(耐性)の問題も解決できるとして、いま多くの生産者から注目を集めています。
振動が農作物に与える影響について研究している森林総合研究所のチームは、この技術を応用すると、シイタケの成長が早まり、害虫防除にも効果があることを世界で初めて突き止めました。
シイタケ農家には収量アップにつながる嬉しい技術です。いったい、どんな技術なのでしょうか?(撮影:高梨琢磨/森林総合研究所)
この記事のポイント
・シイタケ農家にとっての"振動"とは?
・最初は害虫防除の研究からスタート
・トマトのコナジラミには効果があったが…
・振動に驚いてキノコバエがフリーズ
・振動でシイタケの成長促進・総合防除(IPM)へ
シイタケ農家にとっての"振動"とは?
「シイタケ農家にとって、“振動”は非常に馴染み深いんですよ」と森林総合研究所の高梨琢磨チーム長(東北支所)は言います。
現在、シイタケ栽培には2通りあります。広葉樹の丸太に穴を開けて、シイタケ菌を打ち込んで育てる原木(ほだ木)栽培と、もう1つはおがくずなどを固めた菌床に、シイタケ菌を植えつける菌床栽培です。
原木栽培の生産者の間では昔から、原木をハンマーで叩いたり、落雷による振動や電気の影響でキノコがよく発生し、収穫量が増えると言われています。因果関係を調べている研究機関もありますが、現在までにその科学的な根拠は明らかになってはおりません。
一方、自然環境のなかで重いほだ木を扱う原木栽培と異なり、菌床栽培は施設を使って、通年の生産が可能なため、スーパーマーケットなどに流通しているシイタケはほとんどが菌床栽培です。
その手軽さゆえに、おうち時間が増えたコロナ禍には、家庭で菌床栽培できるキットが話題になりましたから、試したことがある読者もいるのではないでしょうか。
最初は害虫防除の研究からスタート
菌床栽培は安定した栽培・収穫ができる反面、キノコバエが発生しやすいのが悩みのタネ。代表的な害虫が、全国の菌床シイタケの栽培施設に発生する「ナガマドキノコバエ」や、「クロバネキノコバエ」の仲間になります。
幼虫は菌床をすみかとして、菌床やシイタケそのものを食べて成長するため、菌床が劣化して収穫量が減るばかりか、シイタケのカサの裏のヒダに入り込むことで、異物混入のリスクもあるのです。
トマトのコナジラミには効果があったが…
トマトのコナジラミと同様、まずシイタケの害虫であるナガマドキノコバエの幼虫に、どの程度の振動を与えると変化が現れるのかを調べました。
実験では、市販の加振機を使って、25Hz(ヘルツ)から1500Hzまでの周波数の振動を断続的に1秒ずつ発生させました。(※1Hzは1秒間に1回の振動)
その結果、幼虫は周波数が100Hzと1000Hz付近になると、ビクッとして体を縮こませたり、動きを止める「フリーズ反応」を起こすことがわかりました。
振動に驚いてキノコバエがフリーズ
重要なのは、キノコバエがこの後どう行動するかです。そこで次は、シイタケの栽培施設で、冬の間2カ月かけて実験しました。
さなぎになる前の幼虫を10匹ずつ菌床に乗せて栽培棚に並べ、今度はそれぞれに100Hz、800Hz、950Hzの振動を2秒間与えたのち、13秒間休む実験を繰り返しました。
とりわけ950Hzの振動をくわえたグループでは、無振動のグループよりも、さなぎの発生率が16.5%減りました。さらに100Hz、800Hz、950Hzの全ての振動のグループでは、成虫が35%以上減ったのです! つまり、キノコバエにとって振動は成長を妨げる障壁になるのです。
振動でシイタケの成長促進
ここで冒頭の言葉に戻ります。
シイタケ農家にとって“振動”は昔から馴染み深く、原木を叩いたり、専用の重機を使って、コンテナごとコンクリートの壁にぶつける生産者もおりますが、これらはあくまでも民間伝承された栽培の知恵に過ぎず、振動が収穫量にどう作用するかはわかっていません。
2022年には、大分県農林水産研究指導センターのきのこグループが、原木栽培2年目のほだ木に散水後、ハンマーで10回叩くと、シイタケの収穫量が倍増するという研究を発表しましたが、これもどれくらいの強さで叩けばいいのかなどの因果関係については研究途中です。(大分県農林水産研究指導センター林業研究部きのこグループ情報誌「くらんぷ」第52号、第53号)
森林総研の研究グループは、振動と害虫防除の関係を研究するのと同時に、シイタケの成長にどう影響しているかについても調査を行いました。
実験は、シイタケの菌糸を培養したシャーレに、周波数1000Hzの振動を2秒続けては、13秒休むことを11日間繰り返しました。その結果、何も振動を与えなかったシャーレに比べて、振動を与えたシャーレでは、菌糸の成長が36%増えることがわかりました。
特に、振動を加速させたシャーレでは成長率が良くなりましたが、その一方で、加速度が小さかったり、周波数が500Hzや3000Hzでは大きな違いは見られませんでした。
ここで言う菌糸とは、胞子が成長したもので、植物で言えば根や茎、葉にあたる部分です。私たちが食べるキノコと呼ばれる子実体は、菌糸が集まってできた部分で、花とか果実にあたります。
チームによる研究をとりまとめた高梨さんは、「自然環境のなかでは、ほだ木が倒れたり、雨に打たれたりすることで振動が発生し、それが合図(キュー)となって、シイタケ自身が成長するのに必要な水分や湿度の存在を察知しているかもしれません。その反面、シイタケの害虫にとって振動は、成長や行動を抑制するマイナスの刺激になるので、害虫防除へも応用できるのです」と述べています。
総合防除(IPM)へ
国産のシイタケは、原木栽培や菌床栽培の違いはありますが、大分県や徳島県、岩手県などを中心に全国各地で作られています。原木栽培については、生産者の高齢化や相次ぐ異常気象に伴って、生産量が年々減少しています。
そうしたなかで、化学農薬を使わずに、さまざまな害虫防除技術を組み合わせて、効率的な栽培管理を可能にする「総合防除(IPM)」の必要性が求められています。
シイタケをはじめとするキノコの害虫は、キノコバエだけでなく、コクガやキノコムシなどの被害も増えています。
高梨さんは、振動を使った防除技術はシイタケやトマト以外にも、果樹をはじめ、桜や梅などを食害する特定外来生物のクビアカツヤカミキリ対策にも応用できる可能性があるとして、引き続き研究を進めるとともに、振動発生装置の実用化に向けて研究開発を続けていくと話しています。
▼取材協力
森林研究・整備機構 森林総合研究所(高梨琢磨、向井裕美、小林知里)
東北特殊鋼株式会社
生研支援センター・イノベーション創出強化研究推進事業
大分県農林水産研究指導センター林業研究部きのこグループ
▼参照
・高梨琢磨、向井裕美、八瀬順也「振動を用いた昆虫の行動制御と害虫防除」(JATAFFジャーナル10(8):19-24)
・Kobayashi, C., Mukai, H., Takanashi, T. (2023) Vibrations and mushrooms: Do environmental vibrations promote fungal growth and fruit body formation? (Ecology 104, e4048)