menu
Pull to refresh

Editor's Eyes 牛乳あまりの嘘を暴く!「酪農家を襲う7重苦」あいつぐ離農…なのに乳製品輸入の理由とは?

Editor's Eyes 牛乳あまりの嘘を暴く!「酪農家を襲う7重苦」あいつぐ離農…なのに乳製品輸入の理由とは?

酪農王国、北海道を中心に廃業する酪農家が急増しています。

2月24日に中央酪農会議が発表した、2021年12月時点の全国の酪農家の数は、前年同期に比べて6.5%減の1万1,202戸。北海道を除いた都府県の合計ではさらにひどく、8.2%減の6,456戸まで下がりました。

野村哲郎農水相は同日の会見で、「酪農家は例年減少傾向にあるが、これまでは概ね4%減で推移していた」として、急速に離農が拡大している現状を認めました。

背景には、ウクライナ紛争をきっかけにした飼料高にくわえて、牛の価格の暴落、燃料費高騰などといった生産コストの増加などの理由が挙げられます。

牛乳の生産抑制や生産性の低い牛の処分など、酪農経営の先行きが見えない現状について、鈴木宣弘氏は「農産物の輸入を見直す時期だ」と訴えます。

この記事のポイント
・酪農家の「7重苦」は限界を超えている
・生乳余剰の責任を酪農家に負わせるのか?
・食料危機に備えるべきは
・ミニマム・アクセスは「輸入義務」ではない
・生乳の取引価格が変わらない理由
・乳製品だけではない、ミニマム・アクセスはコメにも
・農水相も認めた「全量輸入義務はない」
・政府・農水相の見解「今は平時」
・ミニマム・アクセスとカウント・アクセスを正しく理解する
・他国は全量を満たしているのか?
・背景には米国との密約がある

酪農家の「7重苦」は限界を超えている

酪農家は、飼料高と子牛価格の急落の2重苦だと言われるが、とんでもない。すでに限界を超えた7重苦だ。これ以上の放置は許容できない。

①    生産コスト高 
2021年に比べて、肥料代が2倍、飼料代2倍、燃料費3割高と言われている。

②    乳価の低迷 
生産コストが暴騰しても、牛乳の価格に転嫁ができない。

③    子牛価格の暴落による副産物収入の激減 
子牛価格が暴落。肥育農家に販売される乳雄(ホルスタインのオス)子牛の平均価格が半減したため、副産物収入が激減。売れない子牛を殺処分することで、現場の精神的疲弊が高まっている。

④    強制的な減産要請
4万頭もの乳牛の処分にくわえて、一部では生乳廃棄まで生じている。

⑤    乳製品在庫処理の農家負担
脱脂粉乳在庫の処理に、北海道の酪農家だけで年100億円以上の負担金が重くのしかかる。

⑥    「最低輸入義務」として輸入を続ける乳製品
国内在庫が過剰なので、「乳価は上げられない」「牛乳は搾るな」「牛殺せ」と指示する一方で、こういう場合、他国であれば輸入量を調整するのに、日本は「最低輸入義務だから」と言う理由で、生乳換算にして13.7万トンの乳製品の輸入を続けている。

⑦    他国なら当たり前の政策が発動されていない 
酪農家の経営赤字を補填したり、政府が在庫負担して、国内外の援助に活用するなどといった他国では当たり前にやっている政策が行われていない。

生乳余剰の責任を酪農家に負わせるのか?

酪農家を取り巻く環境を理解するために、初めに7つのポイントを挙げてみたが、こういった議論では必ず、乳製品の供給過多(需給緩和)をまねいたのは酪農家にも責任があると指摘するむきがあるが、そうではない。

全国の牛乳生産量は、2017年まで減少傾向にあった。コロナ禍以前は例年、クリスマス前にバター不足が問題になるなど、牛乳の生産量が需要を満たせない「ひっ迫基調」が続いていたため、国と業界をあげて「畜産クラスター政策」によって生産基盤を強化して増産を誘導。

しかし、長引くコロナ禍の影響で、飲食店やホテル、観光業界の業務用需要が低迷し、学校給食用の牛乳需要もストップするなどの要因が重なったため、乳業メーカーの処理能力や国内在庫量が限界をきたしたのだ。決して酪農家のせいではない。

生乳の需給バランスが崩れたからと言って、経営赤字で苦しむ酪農家の乳価を上げられないというのはもちろん、乳価を据え置いて乳製品在庫を処理するための負担金を酪農家に負わせるのも不条理である。

食料危機に備えるべきは

前回の記事で指摘したように、ウクライナ紛争によって海外からの輸入が滞り、日本の食料危機が現実的にある今、牛乳の減産や、乳牛1頭の淘汰に15万円を交付することは間違っている。

政府が今やるべきことは、酪農業界に増産を促して、余剰分は他国のように買い上げ、国内外の援助に活用するといった財政出動だ。これこそが、消費者も助け、在庫を減らし、食料危機にも備えられる前向きな解決策である。

日本政府は、米国の怒りを恐れるがあまり、自国の農産物市場の保護をしてこなかったばかりか、今や強制的な生乳の減産によって、酪農家による牛乳廃棄まで起きている。

乳牛は生き物だ。搾乳を急に止めれば病気にかかるし、酪農家にとっては家族同然の家畜を簡単に殺処分できるものではない。次に生乳が供給不足に転じた時に、今度は増産しようとしても、子牛を育てて牛乳が搾れるようになるには何年もかかるから、絶対に間に合わない。短期的にコントロールできるものではないのだ。

ミニマム・アクセスは「輸入義務」ではない

さらに生乳換算にして13万7,000トンの乳製品輸入枠が在庫増に拍車をかける。

国内の酪農家には「牛乳搾るな」「15万円払うから牛を殺せ」と指示を出す一方で、海外から大量の乳製品を輸入し続けるのは矛盾ではないのか?

政府は13万7,000トンのバターや脱脂粉乳などを輸入する「カレント・アクセス」が定められているからと説明している。

1993年に合意に至った「GATT(関税及び貿易に関する一般協定)」の「ウルグアイ・ラウンド(UR)農業交渉」において、「関税化」とあわせて、輸入量が消費量の3%未満の国は、消費量の3%を「ミニマム・アクセス」と設定して、それを5%まで増やす約束をしている。

ミニマム・アクセスについては詳しく後述するが、低関税を適用するべき輸入枠のことで、政府が言うような「最低輸入義務」とは国際条約のどこにも書いていない。国内に輸入品の需要がなければ、無理に輸入しなくても良いのだ。本稿ではこの点を重点的に説明していく。

飼料不足、燃料不足、牛の価格の暴落など
飼料不足、燃料不足、牛の価格の暴落…酪農家は7重苦に喘ぐ

98%の酪農家が赤字経営

千葉県の獣医師が、千葉県と北海道を中心に全国を対象に行った緊急調査では、107戸の酪農家のうち、98%が赤字に陥っていることがわかった。子供の成長に不可欠な牛乳を供給する産業全体が丸ごと赤字という異常事態である。

生乳の取引乳価は1キロあたり10円引き上げられたが、酪農家の赤字幅は少なくともキロあたり約30円と見積もられることから、10円の値上げだけではとても解消できない。

生乳の取引価格が変わらない理由

この問題について多くのメディアが取り上げ、私も意見を述べた。

しかし政府は、あくまでも①(酪農業界から)要請がないから援助はできない、②乳牛の淘汰(殺処分)は農家が選んだこと、③輸入は業界の要請だ、と説明。

その舌の根も乾かぬうちに、数日後には「乳製品の海外輸入に頼る日本が、輸入を止めれば国際的な信頼を失い、今後、輸入できなくことが起こると困るから」と述べている。

牛乳の生産コスト高騰分を、価格に転嫁することが進まないと言うのに、いつまで「責任転嫁」している場合なのだろうか。

外国の顔色を窺って農家や国民に負担を負わせるのは限界に来ている。自ら命を絶つ農家が後を絶たない。

生産現場に寄り添う気持ちを忘れず、保身のためでなく日本のために我が身を犠牲にする覚悟が今こそ政治家に必要とされている。

乳製品だけではない、ミニマム・アクセスはコメにも

国内在庫があるのに、輸入を続けるのは乳製品だけではない。日本は外国産のコメを年間約77万トン輸入している。

円安の影響で、国産米より輸入米が相対的に高くなり、米国産米が国産の1.5倍にもなってきているのに、莫大な輸入を無駄に続け、国内農家には減産させている。

日本が海外から13万7,000トンの乳製品を輸入していると言うのに、北海道ではほぼ同じ量の14万トンの生乳が減産要請にあっている。不条理である。輸入を減らせば、事態は一気に改善できるのに、それを頑としてやらない。

アメリカ米と国産米の価格の比較
アメリカ米と国産米の価格の比較(元農水省:湯川喜朗氏のデータより筆者提供)
後述の国際データが示す通り、日本はミニマム・アクセス枠、カレント・アクセス枠を全量輸入し続けている唯一の国だが、全量輸入継続の中止を求める声は、国会でも高まっている。

農水相も認めた「全量輸入義務はない」

2022年11月25日の衆院予算委員会で、野党(立憲民主党・石川香織議員)が政府に対し、乳製品のカレント・アクセス枠全量を輸入する必要の是非を追及する場面があった。


これに対して野村農相は、「カレント・アクセスの全量輸入は国際ルール上、義務づけられてはいない」と認める一方、「通常時は全量輸入を行うべき」というこれまで通りの政府の統一見解を示した。

野党からの「今は間違いなく平時ではなく、全量輸入の継続はおかしい」との指摘に対し、岸田文雄首相は「国内需給に極力悪影響を与えないよう、需給動向を踏まえながら脱脂粉乳やバターを輸入しており、国内需給への影響回避に向けて、脱脂粉乳とバターの輸入割合を調整できる余地はあると承知している」と述べるにとどめている。

政府・農水相の見解「今は平時」

野村農相は、2022年11月29日の閣議後の会見で、1994年に公表したコメのミニマム・アクセスに関する政府の統一見解(表参照)に触れて、「輸出国側が凶作で輸出余力がないような状態が例外的なケースであり、(25日の答弁でも)『今は通常のケース』だと申し上げた。世界貿易機関(WTO)で決めたルールなので、輸出国に余力が十分あるにもかかわらず、日本が輸入を拒否することはなかなか難しい。酪農もコメと同じで日本から拒否するということにはいかない」と述べている。


この説明・議論は、すべて間違いである。通常時には全量輸入すべき必要など、国際的な約束にもどこにもない。「平時」「有事」と、「有事」の定義を議論することに意味はない。

国家貿易だから、義務が生じるという説明も、GATT協定における国家貿易企業(STEs)の定義に照らしても、明らかな間違いだ。

「関税及び貿易に関する一般協定」第17条では、国家貿易企業について定めた「商業的考慮(価格、品質、入手の可能性、市場性、輸送等の購入又は販売の条件に対する考慮をいう。)のみに従って前項の購入又は販売を行い、かつ、他の締約国の企業に対し、他の締約国の企業に対し、通常の商慣習に従って購入又は販売に参加するために競争する適当な機会を与えることを要求するものと了解される」とされている。

このように、WTOでも、国家貿易企業が100%の充足率を達成すべきであるとの問題意識を持っておらず、我が国のミニマム・アクセス米などに関する取扱いは、他に例を見ないものである。

我が国のミニマム・アクセス米の取扱いについての平成6年5月27日の衆議院予算委員会での加藤六月農林水産大臣の答弁(議事録pp34~36)。
我が国のミニマム・アクセス米の取扱いについての平成6年5月27日の衆議院予算委員会での加藤六月農林水産大臣の答弁(議事録p34~36)

ミニマム・アクセスとカウント・アクセスを正しく理解する

ここで改めて、ウルグアイラウンド交渉結果におけるミニマム・アクセスとカレント・アクセスについて、その違いを見てみよう。

①    ミニマム・アクセス
低関税適用輸入数量(TRQ)が、国内消費量(1986年〜1988年)の5%以下の場合は、1995年にその3%の輸入機会を提供し、先進国の場合は2000年に、開発途上国の場合は2004年に5%(関税化措置を実施しない場合は、8%=当初の日本のコメ)に引き上げる。

②    カレント・アクセス
TRQ(低関税適用輸入数量)が国内消費量(1986年~1988年)の5%を超えている場合は、その水準の輸入機会を提供する。これが日本の乳製品である。

では、日本以外の国はどれくらい乳製品を輸入しているのか? 

ウルグアイ・ラウンド農業交渉において、輸入量が消費量の5%未満の国は、消費量の3%をミニマム・アクセスと設定して、それを5%まで増やす約束だったが、輸入量はせいぜい1~2%程度だ。最新のデータで確認すると、カナダだけは、平均的に5%を超えているが、米国は2%、EUは1%止まりだ。

乳製品の国内消費に対する輸入割合(筆者提供)

他国は全量を満たしているのか?

米国農務省(USDA)の資料によると、各国のTRQ(ミニマム・アクセスorカレント・アクセス)の充足率は、次のとおりである。説明では、食糧管理特別会計(現在の食料安定供給特別会計)を含め、国家貿易企業(STEs)の方が高い充足率になっていると指摘されているが、「国家貿易企業(STEs)が充足率100%を達成すべきだ」という指摘はない。

各国のミニマム or カレント・アクセスの充足率 (2006~2015, USDA)
各国のミニマム or カレント・アクセスの充足率 (2006~2015, USDA) 
※世界のミニマムorカレント・アクセス枠のうち、0〜20%充足されている品目が36%と読む。

世界貿易機関(WTO)の資料(WTO G/AG/W/183/Rev.1)によると、TRQ (ミニマム・アクセスorカレント・アクセス)の充足率は、2014年が54%、2015年が53%、2016年が54%、2017年が54%、2018年が54%、2019年が46%と推移しており、2014年から2019年までの単純平均で53%となっている。

以上のことが示すように、ミニマム・アクセスは日本政府が言うような「最低輸入義務」でなく、低関税でのアクセス機会を開いておくことだ。

欧米諸国にとって乳製品は必需品であり、外国に依存してはいけない基礎食品だから、無理に輸入する国はない。かたや日本だけは、当時すでに国内消費量の3%をはるかに超える輸入量があったので、その輸入量を13万7,000トン(生乳換算)のカレント・アクセスと設定して、他国に訴えられるリスクを恐れて、毎年全量輸入を続けている。唯一の哀れな「超優等生」である。

コメも同じだ。日本は本来義務ではないのに毎年77万トンの枠を必ず消化して輸入している。米国との密約で「日本は必ず枠を満たすこと、かつ、コメ36万は米国から買うこと」を命令されているからである。

背景には米国との密約がある

農水省は最近、こう説明している。

「国際約束上、最低輸入義務とは書かれていない。ただ、国家貿易で輸入している場合、カナダの乳製品については、毎年必ずではないが、枠いっぱいを輸入している年もある。日本が枠を満たさなかった場合、WTOに訴えられる可能性を恐れている。」

意味不明である。国際約束でないのに、訴えられるわけがないし、訴えられても、訴えは退けられるはずだ。何を恐れているのか。

本当の理由は、米国との密約で「日本だけは全部輸入しろよ」「コメのうち36万トンは米国から買え」と言われているものだから、ずっとそれを守り続けている。

このやりとりを記録に残せば、国際法違反になるから明文化はされていないが、これは「陰謀論」ではなく、陰謀そのものだ。表に出てくる話は形式であって、政治は裏で陰謀が蠢いて決まっていくのだ。外交はまさにそうであり、私は農水省時代にそれに携わっていたから知っている。

しかし、もう限界である。このまま、米国との約束を守っていては、日本の農と国民の命は守れない。

米国との密約を乗り越えて、我々も国家安全保障の基本政策を取り戻し、血の通った財政出動を実施すべきだ。

コロナ禍での物流停止やウクライナ紛争をきっかけに、お金を出したからといって、輸入できるのが当たり前ではなくなった。

家畜
酪農家にとって牛は家族である。牛乳が余っているから殺処分しても、不足した時に増やすことは難しい
国内の酪農・農業こそが安全保障の要、希望の光である。

私たち消費者1人1人にできることは、国産牛乳と国産原料を使った乳製品を選んで買うことを、今から心がけていけば、国産に置き換えていけることも可能だ。この事態を放置したままでは、自分の命も守れないことに国民が気づくときである。

この記事の執筆

鈴木 宣弘(すずき のぶひろ)

東京大学大学院農学生命科学研究科教授。「食料安全保障推進財団」代表理事、理事長。1958年に三重県の半農半漁の家に一人息子として生まれ、田植えや稲刈り、海苔摘み、アコヤ貝の掃除、鰻のシラス捕りなどを手伝いながら育つ。東大農学部農業経済学科を卒業後、農林水産省に入省。九州大学大学院教授、米国コーネル大学客員教授などを経て、2006年より現職。近著に『農業消滅〜農政の失敗がまねく国家存亡の危機』(平凡社)、『協同組合と農業経済〜共生システムの経済理論』(東京大学出版会)、『世界で最初に飢えるのは日本〜食の安全保障をどう守るか』(講談社)

この記事を誰かに教える /⾃分に送る

お気に⼊りに登録
ツイート
シェア
送る
NOTE

会員登録と⼀緒に公式LINEに登録すると便利です。

業界ニュースやイベント情報などが届きます。

友だち追加

おすすめのタグ

あなたの悩み
YUIMEで解決しませんか??

農業や漁業に関する悩みや疑問や不安、
悩みごとについておよせください。
いただいた投稿から選考した相談内容について、
編集部や専⾨家がお答えします。

Loading...