野菜や果物をはじめ、あらゆる植物で発生する「うどんこ病」は農家の大敵。
病気が発生すると、葉や茎の表面にうどんの粉を振りかけたような白い斑点が現れ、放置しておくと急速に広がって、開花しなくなったり、糖度の低下をまねいたり、果実が肥大しないなど、さまざまな被害を及ぼします。
うどんこ病の原因はカビの一種で、植物の種類ごとにさまざまな菌が存在しており、園芸用から農業用まで、いろいろな殺菌剤が発売されていますが、近年、農薬が効きにくい耐性菌が問題になっています。
化学農薬が効かないと、病気や害虫の防除が難しいばかりか、新たな農薬の開発には、数億円にのぼる莫大な開発費と時間がかかります。約10年かけて新しい農薬ができても、耐性菌の出現ですぐに使い物にならなくなるリスクも懸念されているのです。
摂南大学(大阪府)と農研機構、アリスタライフサイエンス社らの研究グループは、害虫に寄生する微生物が、うどんこ病に対する殺菌効果をもつことを突き止めました。
この微生物を使った生物農薬はすでに開発されており、これを使うことで野菜や果物の害虫であるコナジラミやアザミウマを防除するだけでなく、うどんこ病も同時に抑えられる一石二鳥の効果が期待されます。(写真提供:飯田祐一郎准教授/摂南大学農学部農業生産学科)
この記事のポイント
・薬剤耐性が出にくい農薬はないのか?
・微生物農薬とは?
・微生物農薬をまいた畑ではうどんこ病が発生しにくい
・植物の免疫力を強め、病原菌の侵入を防ぐ
・1つの薬剤で病気と害虫を防ぐ
薬剤耐性が出にくい農薬はないのか?
うどんこ病は、多くの農家や園芸家の大敵です。こちらでは以前、メロンうどんこ病の研究を取り上げましたが、野菜や果物の種類の数だけ、うどんこ病菌もバラエティに富んでいます。
植物の生育期にあたる4月〜11月に発生し、カビと言うわりに湿度にはあまり左右されず、比較的乾燥した冷涼な露地栽培であっても油断できません。
うどんこ病は病害のなかでも特に薬剤耐性が発生しやすいと考えられており、それを避けるためには同じ農薬を使い続けず、ローテーションするというのが一般的です。
では、薬剤耐性が出にくい農薬というのはないのでしょうか?
微生物農薬とは?
それが「生物農薬」です。化学的に合成された化学農薬とは異なり、生物農薬は生物そのものや、生物から作られた天然の材料を使用するため、薬剤耐性が起こりにくいメリットがあります。
しかし、化学農薬と比べると①高価であり、②即効性がないという欠点があります。また、化学農薬は、比較的広範囲に防除効果があるのに対して、生物農薬は③防除効果のある害虫や病気が特定されており、④その防除効果も気候の影響を受けやすいと言われています。
一方で、消費者の食への意識は変化しています。化学農薬を使った農作物を敬遠し、食の安心・安全を求める志向が強いなか、化学農薬に代わって、農作物を安定生産でき、自然環境にも優しい防除法が今、求められているのです。
微生物農薬をまいた畑ではうどんこ病が発生しにくい
こうしたことを背景に、摂南大学農学部農業生産学科の飯田祐一郎准教授と農研機構などの研究グループは、コナジラミやアザミウマ、アブラムシ、ダニなどの防除に使われる殺虫剤「ボーベリア・バシアーナ乳剤」の成分に着目しました。
ボーベリア・バシアーナ(Beauveria bassiana)は、自然界に広く存在する昆虫に寄生する糸状菌という微生物です。この微生物が昆虫の体内に入ると繁殖して、全身に白いカビが生えてやがて死に至りますが、ほ乳類や鳥類の体温では増殖しないため安全性は高いとされています。
原料が生物なので有機JAS法に適合しており、農薬使用回数にはカウントされないため、有機栽培や特別栽培農産物にも使用できますし、化学殺虫剤が効きにくい薬剤耐性を持った害虫に対しても殺虫効果を発揮することから、サスティナブルな農薬として期待されています。
研究グループは、2014年から2018年にかけて三重県や奈良県、岐阜県、長野県、茨城県などの農業研究施設で、トマトやナス、イチゴ、メロン、キュウリなどを植えた試験用の圃場にボーベリア・バシアーナ乳剤の希釈液を散布しました。その結果、薬剤を散布しなかった畑に比べて、薬剤処理した畑では、うどんこ病の発生率が大幅に押さえられることがわかったのです!
植物の免疫力を強め、病原菌の侵入を防ぐ
本来は害虫防除の薬剤が、なぜうどんこ病菌にも効果があるのでしょうか?
飯田先生によると、うどんこ病菌が植物の表面に付着すると、胞子から菌糸が伸びて植物内部に侵入し、細胞内の栄養を吸い尽くした後、どんどん菌糸を伸ばして栄養分を搾取することで発病します。
しかし、キュウリやトマトを使って電子顕微鏡で観察したところ、ボーベリア・バシアーナ乳剤を散布すると、まず原料に含まれる鉱物油がうどんこ病菌の胞子の発芽を邪魔することがわかりました。
そのうえで、植物の表面で菌糸を成長させたボーベリア・バシアーナ菌が、植物の内部にも潜伏することで、植物自身が持つ免疫機能を活性化して、うどんこ病菌の侵入をブロックしていることを突き止めました。研究の結果、ボーベリア・バシアーナ菌は散布から2週間過ぎても生存することも確認されました。
1つの薬剤で病気と害虫を防ぐ
本来、植物の病気には殺菌剤を、害虫防除には殺虫剤を使います。今回の研究成果によって、既存の微生物殺虫剤にも、うどんこ病菌を防除する効果があることが確認されました。
農薬開発にかかる莫大な研究コストや期間を必要としないばかりか、農作業においても農薬散布の労力カットにつながり、資材費のコスト削減につながると期待されています。
飯田先生は「うどんこ病だけではなく、今後はさまざまな微生物農薬の実用化を進め、現行の防除体系に組み込むことができるか、どんなメリットがあるのか、可能性を探っています」と話しています。
また同時に、農家の労力の軽減にも取り組んでいます。「ボタニガードES」のように水で薄めて散布する水和剤は、大量の水を必要とするため、中山間地や水場まで距離がある圃場や、重い噴霧器を抱えた姿勢で葉裏まで葉面散布するのは作業者に負担がかかります。
そこで研究グループは、枯れ葉などを吹き飛ばして集める際に使う集塵ブロワーに着目。専用ノズルを取り付けることで、水を混ぜなくても薬剤を均一に散布できる技術を開発中です。
飯田先生は「化学農薬に対して耐性(抵抗性)を持つ病原菌や害虫が増えるなか、近い将来はこれまでのように化学農薬に依存した防除だけでは成り立たなくなります。農業者が高齢化し、働き手が減少している今、病原菌と害虫を同時に防除する“デュアルコントロール”技術の確立を目指します」と話しています。
※「ボタニガードES」の使用にあたっては他の農薬と混用する際の影響が解析されています。強く影響する農薬については混用を避け、間隔をあけた散布が推奨されています。詳しくはリーフレットを参照してください。
▼取材協力
摂南大学農学部農業生産科学科 飯田祐一郎准教授
2007年に名古屋大学大学院で植物病理学の博士号を取得後、
農林水産省が所管する農研機構を経て、2020年より現職。
植物病原菌のなかでも糸状菌が専門で、土壌病害のフザリウム病や
トマト葉かび病菌などの病原菌だけでなく、昆虫寄生菌、菌寄生菌、
枯草菌などの生物防除微生物や麹菌を用いた研究にまで展開している。
参照
・スイスの植物学系学術雑誌『Frontiers in Plant Science』
Entomopathogenic fungus Beauveria bassiana-based bioinsecticide suppresses severity of powdery mildews of vegetables by inducing the plant defense responses(DOI 10.3389/fpls.2023.1211825)
・摂南大学農学部農業生産学科植物病理学研究室「微生物殺虫・殺菌剤を用いた野菜重要病害虫のデュアルコントロール技術の確立」
・農研機構「微生物殺虫剤ボーベリア・バシアーナ乳剤の野菜類うどんこ病防除効果」
・【農学部】昆虫寄生菌が病原菌も抑えるメカニズムを解明