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Editor’s Eyes ハチ不足、人手不足解消!超小型ドローンが花を探して受粉する技術を開発。着果率UP!日本工業大学

Editor’s Eyes ハチ不足、人手不足解消!超小型ドローンが花を探して受粉する技術を開発。着果率UP!日本工業大学

イチゴやメロンなどといったハウスで作る作物は、人の手を介したり、ハチを使って受粉させるのが一般的です。

近年、温暖化や農薬、ミツバチに寄生するダニなどの影響や、オーストラリアからの女王蜂の輸入がストップしたことに伴って、受粉用昆虫の不足が深刻な問題になっています。高齢化と人手不足によって、作業の省力化が課題となっている農業現場ではダブルパンチです。

日本工業大学の平栗健史教授のグループは、手のひらサイズの超小型ドローンを使って、ハチの代わりにビニールハウス内を飛び回りながら、トマトの花を受粉する技術を開発しました。

試験を行ったところ、受粉後に果実が実る着果率は、ハチや人の手による作業と遜色ない結果が得られました。つまり、これまでにように人手や生き物の管理が必要のない受粉が可能になり、農家の負担を省力(軽減)化できます!

人手不足の農業界で、ドローンは農薬散布や圃場分析などの目的で使われるようになりましたが、一般的に操縦者が必要なドローンに対して、この小型ドローンは、AIカメラが受粉可能な花を探し出して自動で受粉を行うことができるので操縦者を必要とせず、コンピューター管理によって受粉作業ができる点がユニークです。

1日も早い実用化が待たれますが、その前にどんな技術なのか、お話を伺いました。(画像提供:平栗健史/日本工業大学)

この記事のポイント
・施設園芸を支える縁の下の力持ち、ハチ
・シイタケ好きな研究者「室内で美味しいものを作りたい」
・「受粉に最適」かどうかを、どうやって判断するの?
・ハチ型ドローンにカメラを搭載するには課題がいっぱい
・複数のドローンをハチのように飛ばすには?
・虫のように受粉させる工夫
・着果率はハチと変わらず
・スマート農業の理想とは?

施設園芸を支える縁の下の力持ち、ハチ

ミツバチというと、一般にはハチミツを採取する養蜂のイメージですが、一方で施設園芸農家には働き手として欠かせない存在です。

一般に花粉交配用のミツバチは、イチゴやメロン、マンゴーなどを中心に、最近ではリンゴやさくらんぼ、梅のほか、ナスをはじめ、玉ねぎやキャベツなどの野菜の栽培現場でも使われるようになりました。

なかでも、生産面積、ミツバチの数とともに最も多く使われているのはイチゴです。受粉がうまくいかなかった場合、売り物にならない奇形果と言われるいびつなイチゴや、赤く色づかないものなど、収穫量や売り上げに影響があります。

「施設園芸における花粉交配をめぐる情勢」/農水省農産局令和4年2月資料より
「施設園芸における花粉交配をめぐる情勢」/農水省農産局令和4年2月資料より

安定した収穫量が見込めるのもハチのおかげ

旬の季節しか食べられない作物を、1年中安定して作れるようになったのも、受粉昆虫のおかげです。

今では年間を通してスーパーから途切れることがないトマトですが、本来なら旬は夏。

トマトはひとつの花におしべとめしべがあるので、ハチが花粉を集めることで振動が発生して自家受粉できるのですが、気温が高い夏場や冬の間はハチの活動が低下するので、受粉効率が下がります。

そこで、ハチに代わって人の手で振動を与えたり、植物ホルモン剤をスプレーすることで、トマトの着果や肥大を促進させていますが、これには人の手を介します。

ハチの代わりに人が受粉するにしても、花が受粉可能かどうか判別するには専門的な知識と経験が必要です。

イチゴやトマトの安定した生産が可能になったのは、受粉を担うミツバチのおかげとも言えます。

しかし、ハチ不足の問題はすぐには解決しそうもありませんし、生き物相手ですから、管理も一筋縄ではいきません。人手不足の農業界において受粉作業の効率化は喫緊の課題なのです。イチゴのハウスで花粉交配するミツバチのようす

シイタケ好きな研究者「室内で美味しいものを作りたい」

そこで、小型ドローンにハチの代わりはできないかと思いついたのが、日本工業大学の平栗健史教授です。平栗先生は、5GやWi-Fiなどの無線通信ネットワーク技術が専門ですが、その一方で、シイタケが大好きなことでも知られるユニークな研究者です。

以前、こちらの記事(「“振動”でシイタケの成長促進!害虫防除にも効果的!森林総研が発見」)でご紹介した「音の振動でシイタケがよく育つ」という技術を覚えているでしょうか?

平栗先生は、雷が多い年はキノコが豊作という都市伝説を実験で検証し、シイタケが2倍発生することを証明しました。この研究は、落雷の電気の影響ではなく、雷音の衝撃波が影響していることを突き止めたのです。

そんな平栗先生が次に思いついたのは、「天候に左右されない研究室内で、キノコ以外の作物も作りたい」ということ。

そこで最初に目をつけたのが、家庭菜園でもお馴染みのトマト。先述したようにトマトは1つの花で自家受粉できますが、風も吹かず、受粉昆虫のいない温室内では難しい作物です。

そこで、まずは生産現場を知ろうとトマト農家を訪問して、最初の壁にぶつかりました。

「受粉に最適」かどうかを、どうやって判断するの?

トマトの花は下を向くように咲くので、受粉のタイミングを見定めるには、経験が必要だ
トマトの花は下を向くように咲くので、受粉のタイミングを見定めるには、経験が必要だ
一般的にトマトは、開花してから3日間ほど寿命がありますが、おしべが花粉を作って、めしべの準備が整ったかどうかを見定めるには経験が必要です。

ところが、プロであるベテラン農家に聞いても、「これくらい花が咲いたら受粉のタイミング」と言うばかりで、明確な基準はありません。

平栗教授は農研機構をはじめ、農家を指導する立場にある県の農業技術試験センターの研究者などに聞き取り調査を試みましたが、その結果、従来の生産者が経験則に頼って受粉していたことを知りました。

そこで平栗先生は、ドローンに搭載予定の小型カメラを使って、およそ1年かけて花のあらゆる形状を、さまざまな角度から撮影しました。撮影しながら判定精度の確認も行ったため、最低3回は同じような画像の撮影を繰り返し、最終的には数千点を撮影しました。

小型カメラにはAI判定機が装着されており、これにはヒトの脳の神経細胞網をモデルにした「畳み込みネットワーク(CNN)」という技術が使われています。AIにたくさんの花の画像データを学習させることで、受粉可能な状態であるかどうかを識別できるようにする技術です。

トマトの花がつぼみから開花して枯れるまで、さまざまな段階を観察した結果、満開後に花弁がそり返った形状(下記のd)になると、おしべが花粉を作り、めしべも受粉の準備が万端であることがわかりました。
マトの花のさまざまな段階/日本工業大学・平栗健史教授提供)トマトの花のさまざまな段階/日本工業大学・平栗健史教授提供

ハチ型ドローンにカメラを搭載するには課題がいっぱい

カメラ付きドローン自体はすでにある技術ですが、この場合、ハチのように花から花へ飛び回らなければなりませんから、必然的にカメラも小型で軽量化する必要があります。

そうなると、撮影できる画像も低解像度になることは避けられません。画像データはWi-Fiを使ってパソコンに伝送し、パソコンに搭載したAIが受粉可能かどうかを判定するので、効率や消費電力を考慮すると、データサイズは小さい方が良い一方、画像解像度が粗いデータではAIによる識別精度が落ちてしまうのです。

研究グループは、画像データサイズを100KB以下にして、飛行中のドローンの機体の揺れなども計算に入れて、低画質でも識別できる技術を使って、通常よりも500倍近く多い画像を学習させることにしてこの問題に対応しました。ドローンによる受粉システムの模式図/日本工業大学・平栗健 史教授提供

ドローンによる受粉システムの模式図/日本工業大学・平栗健史教授提供

複数のドローンをハチのように飛ばすには?

ハウスで使うドローンは1機ではありません。本物のハチのように、複数を飛ばして受粉作業を手分けします。

平栗先生は、2020年から神奈川県の農業技術センターのビニールハウスで実証実験をスタートし、圃場面積あたり、何機のドローンが必要なのかなどを検証しました。花の状態を調べるドローンの機体

花の状態を調べるドローンの機体/日本工業大学・平栗健史教授提供
重要なのは、ドローン同士がぶつかって墜落しないよう安定した飛行ができることと、茎や葉の陰で隠れた花を見落とさないようにすることです。

ドローンの飛行位置は、上部に設置した複数のモーションキャプチャーカメラがとらえます。モーションキャプチャーとは、人や物体の動きを座標上にデジタル化する技術で、CGキャラクターのアニメーションやゲームなどでもお馴染みです。

一般的なドローンの飛行制御は、GPS衛星から受信した信号を元に位置を測定しますが、ハウス内は信号が届きづらいといった課題があり、安定に飛行させるためにはモーションキャプチャー技術が必要なのです。

この技術によって花の位置(座標)情報をリスト化し、受粉可能かどうかを照合したら、ようやく受粉行動に移ります。平栗先生はこれをリアルタイム全自動で可能にする技術を目指しているのです。

虫のように受粉させる仕組み

ここで思い出していただきたいのは“振動”です。

受粉可能な花の識別、ドローンの自立飛行の技術の次は、花をどうやって振動させるか、です。

先述したように、トマトは自家受粉が可能ですから、花を揺らしただけで受粉が完了します。そのために、振動機の先に1本の棒を取り付けたり、棒の先端の形状を変えるなど、さまざまな試行錯誤を繰り返しましたが、ターゲットの花にうまく当たらなかったり、通り過ぎてしまうトラブルが相次いだといいます。

探索モードで見つけた花の元に、今度は受粉作業を行うドローンが飛行する
探索モードで見つけた花の元に、今度は受粉作業を行うドローンが飛行する/日本工業大学・平栗健史教授
最終的には、グラウンド整備に使われるレーキ(トンボ)の形を再現して、先端に赤外線のセンサーと、内部にバネを仕込みました。これによって、うまく中心に接触しない場合はバネが傾きを吸収する仕組みです。ドローンが花を通りすぎたり、トンボ部分が空振りしたりして、花びらに接触しない(センサーが反応しない)場合には、元に戻って再チャレンジするという動作を実現させたのです。

従来の方法と遜色ない着果率を実現

3年にわたる研究の末、2023年1月、トマトのビニールハウスで実験を行った結果、ハチや人の手、ホルモン剤で行う従来の方法と比べても同等の着果率が得られました。


実験の様子をとらえた動画では、花を探索する時と受粉用のドローンは別々のものを使用していますが、最終的には機体の性能を改良すれば、200g程度の1つの機体に、探索機能と受粉機能をあわせ持つ機体の開発も夢ではありません。

平栗先生は「研究としての基礎技術と実現性については、今回の実証実験で確認できました。実際に実用化してほしいという声があれば、2024年度以降、新しいプロジェクトを立ちあげて、実用化までの開発を進める予定です」と述べたうえで、実用化には今回のような限られた場所ではなく、ドローンの制御がしやすい専用ハウスを作る必要があると話しています。

現在は、この技術を梨など屋外の広い圃場を使った作物へ応用することを目指して実験を続けていますが、梨はトマトと違って、他の苗木の花粉で受粉を行う他家受粉になるため、花粉を入れたタンクから吹き付ける仕組みなども必要になると言います。また、梨は幹と幹の間が狭いので、飛行精度の向上が課題だと話しています。

平栗先生は言います。「受粉システムの研究を始めてから、農業の現場が抱えるさまざまな課題を知りました。他家受粉の梨は、他から花粉を集める必要があるのですが、国内では十分な花粉量をまかなえないので、中国から輸入する必要があります。しかし、海外産の花粉は病気の可能性もあります。そこで今度は、1本の枝から花粉を最大量採るための技術の研究につながるのです」

スマート農業の理想とは?

平栗先生は「スマート農業が注目されるようになって、10年ほど経ちます。ICT(情報通信技術)やAI技術をはじめ、インターネットの接続によって、さまざまな機能が使える技術(IoT)は、効率化や人手不足の解消に一定の効果をもたらしましたが、すべての農業従事者が十分に満足し、使いこなせているとは限りません」と指摘しています。

そのうえで、“真のスマート農業”とは、誰もが使いこなせる技術と環境を提供することだとして、「私たち研究者も従来のように個別の専門分野だけを研究していては、農業従事者が本当に欲しい技術は開発できません。」

「今回であれば、ドローンの安定飛行やAI判定技術、これらを連携させるネットワーク技術など、さまざまな分野の知識を必要としますが、それ以前に農業の知識や栽培技術を知らなくてはなりません。その一例が受粉できる花の形が定量的に確認できたことが挙げられます」と述べて、今後は通信の専門家に加えて農学の専門家も目指すと意気込みを語っていました。

2023年現在、スマート農業の技術は作業の省力化や生産性向上を目指して、進化しています。

ですが、将来的には月面や国際宇宙ステーションのような、太陽光も土も水も十分に活用できない過酷な環境でも栽培できる技術のために発展していくと思われています。酸素や重力のない宇宙空間で作物を栽培するには、人間の手を介さないドローンやロボットが活躍することが予想されます。

ハチに代わって受粉を行うドローンの研究は、近い未来の農業につながっているのです。

▼取材協力

日本工業大学 基幹工学部 電気電子通信工学科(平栗健史教授)
日本工業大学 基幹工学部 電気電子通信工学科/平栗健史教授
参照:
・「ドローンがトマト温室内をハチのように飛び回り、花を探し、受粉を行う!~ハチ不足、人手不足の問題を解決し、着果率を改善するスマート農業の研究

・「ハチの群飛行を模した超小型ドローンによる 受粉技術の開発」(『計測と制御第61巻、第1号』2022年1月号P.41〜46)

農水省農産局「施設園芸における花粉交配をめぐる情勢」令和4年2月

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