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Editor’s Eyes 非農家出身の若者が、独立就農するまでのカリキュラムとは?

Editor’s Eyes 非農家出身の若者が、独立就農するまでのカリキュラムとは?

担い手不足が深刻な農業界において、長年、人材育成の役割を担ってきた農業高校や農業系の大学は、何をすべきか、どう変わらなければならないのかについて、これまで4回にわたって考えてきました。

農家の子女が通うための養成機関という役割から、時代の変化に応じて変わりつつある教育現場について、東京農業大学の小川繁幸先生が紹介します。(画像は、東京農業大学生物産業学部6次産業化研究室とYUIMEが2022年にコラボして試行した「新規就農プログラム」のオンライン講義の風景/筆者提供)

この記事のポイント
・高度人材を養成するには「5年」かかる
・学校では農業を体系的に学ぶ機会がない
・非農家出身者には「農業のリアル」を知らない
・東京農大+静内農業高校で挑戦する新規就農支援プログラム
・国の新規就農支援がうまくいってない理由
・農家になることに憧れを持てるか
・YUIMEとの共同で実施した新規就農プログラム
・教育機関では実務力は養成できない
・農業インターンシップの難しさと可能性

高度人材を養成するには「5年」かかる

前回、これからの農業の担い手として地域に必要なのは、単なる生産者としてだけではなく、生産から流通、消費に至るまでさまざまな分野の知識を持っているジェネラリスト兼アントレプレーナー(起業家)だと説明してきました。

こういった高度な人材を教育するには、事業計画の作成から始めて、最低でも5年を要する支援体制が必要だと述べています。

一般的な教育機関の修学期間は、農業高校で3年、大学が4年、農業大学校や農業経営大学校、農業系の専門学校では2年ですから、修学中に5年間のフォローは不可能です。

実現可能な方法は、1つの教育機関単独ではなく、複数が連携して、体系的にプログラムを組むことが現実的です。例えば、農業高校で3年学んだ後、農業大学校で2年といったようなプログラムとか、「農業高校(3年)+大学(4年)」の計7年といったような仕組みを考えています。

学校では農業を体系的に学ぶ機会がない

これまでにも繰り返してきましたが、農業高校にしろ、大学にしろ、農業に関する領域が広がり、かつ複雑に細分化したことに伴って、さまざまな学部・学科が生まれました。その結果、限られた時間で生徒が学べるのは、特定の専門的な分野中心になってしまいました。

前述したように、農業は本来、いろいろな分野を総合的かつ体系的に学ぶ“学際的”な分野ですから、高度人材には生産技術だけでなく、販売や加工、経理など経営に関する幅広い知識を身につける必要があるのに、現在のシステムでは、農業そのものを体系的に学ぶ機会を提供するのは困難です。

実際、農業高校や農業大学校で経営戦略やマーケティングなどの経営に関する教育の機会はそう多くありません。大学の栽培に関する学科ひとつとっても、土壌学、作物学など、研究範囲が細分化されているために、農作物を一貫して栽培する経験を持つことすら難しい状況です。

非農家出身者は「農業のリアル」を知らない

農業高校や農業系の大学に進学する生徒の多くが「農家のあとつぎ」だった時代は、子供のころから家族の農作業を見たり手伝ったりして、もともと農業の素養がありましたから、学校では専門的な分野だけ勉強しても、十分就農できました。

現在は、農業に関心や憧れを持っていても、「非農家出身」が大半で、農業の素養がゼロの新規就農候補生ばかりですから、細分化・断片化された専門知識や技術だけでは、就農はおろか、栽培〜収穫することすらままなりません。恥ずかしながら、私自身、東京農業大学の教員であるにも関わらず、農作物をきちんと栽培することはできないのです。

これを打開するには、異なる複数の教育機関が連携して教育プログラムを構築することがカギを握ります。この場合、それぞれの学校同士が、苦手だったり、不足している部分を補い合うことができるかどうか?が重要です。

今、多くの農業高校で取り入れている大学との連携(高大連携)は、作物学や畜産学が専門の大学教員が、高校生向けに模擬講義するケースがほとんどですが、ジェネラリストとアントレプレーナー(起業家)を目指している高度人材の養成には、これまでの高大連携のあり方を見直す必要があると思います。

言い換えると、「農業高校×農業大学校」とか「農業×大学」などといった単なるコラボに終わるのではなく、農業の「生産領域」と「経営領域」が融合するような連携のあり方を模索しなければなりません。

例えば、起業家には必須の「経営学」に関する知識は、農業高校のカリキュラムでは、従来教えるのが困難でしたから、この部分を大学の経営学の研究者や、経営経験がある民間のプロに教えてもらうようにすることで、カリキュラムがより実践的なものになるのです。

東京農大+静内農業高校で挑戦する新規就農支援プログラム

2023年5月現在、北海道にある東京農大の私の研究室では、道立静内農業高校と共同で新規就農支援プログラムの開発にチャレンジしています。

これは、単に私が高校生に向けて授業を行うものではありません。高校生と大学生とのグループワークを主体としたプログラムを目指しています。

グループワークに参加する農業高校の生徒は、大学生よりも農業実習の経験が多く、日ごろから農業に親しんでいます。

一方、大学生はというと、栽培技術こそ、農業高校生に劣るかもしれませんが、経営学を学んでおり、地域研究などを通じて農業経営を客観的にとらえる力を養っています。

農大と農業高校とのグループワーク
農大と農業高校の生徒が連携したグループワークで何が得られるか?(画像はイメージ)
グループワークでは、こういった農業高校生と大学生がチームになって、新規就農に向けたさまざまな課題を解決するための学習に取り組むことで、高校生と大学生が刺激しあって、相互に吸収することを期待しています。

高校生は大学生から地域農業を分析するためのものの見方や考え方について学ぶきっかけになります。経営学を学んでいる大学生と交流することで、これまで「農家になること」のイメージがハッキリしなかった高校生の意識に、「就農=起業」だという新しい考え方が芽生えます。

経営学において、「農業はビジネスモデルのひとつ」であり、そのビジネスモデルには、さまざまな経営スタイルがあることをイメージするようになります。農業経営の多様性を知ることで、自分たちが就農するまでのキャリアデザインも、ひとつではないことに気づくことが期待されるのです。

一方の大学生側にも得るものがあります。高校生とのグループワークを通じて、彼らから意見を引き出したり、まとめ役(ファシリテーター)になるには、自分たちも大学で学んできた農業経営の知識を強化する必要に迫られるからです。後輩にいい加減なことは教えられませんからね(笑)。

高校生は彼ら大学生より年齢は若いですが、栽培技術や知識面では、大学生よりも経験豊かな場合も珍しくありません。農業高校生の交流を通じて、大学生も、もっと生産に関する知識を学ばなければならないと、自分たちに不足している経験を補う必要性を痛感することが期待できます。

つまり、私が考える高大連携は、農業高校生と大学生が共同作業を通じて、それぞれの立場で、農家になるために何が必要なのか、ジェネラリストとアントレプレナーには、どんな資質が必要かを実感してもらうことをねらいとしているのです。

国の新規就農支援がうまくいってない理由

国や都道府県はさまざまな新規就農支援事業を展開している
国や都道府県はさまざまな新規就農支援事業を展開している
新規就農プログラムを構築するなかで、最も注力すべき部分は、生徒が将来、地域社会で生活することを具体的にイメージできるようになるとともに、農家になることに憧れを持てるよう導くことです。

現在、国や行政が推進している新規就農支援の中身を見ると、支援対象はいずれも「新規就農の意志がある者」が前提にみえます。

この連載の1回目『「農大生なのに農家にならない!」教育は今何ができるか?』でお伝えしたように、今は農大生であっても、農業に関心があると言いつ、進学の目的は「農家になりたい」わけではなくて、「農業に関わる仕事に関心がある」というのが現実です。

つまり、彼らが抱く農業の仕事に対するイメージは、一人ひとり異なっていて、非常に多岐にわたるというのが実情です。

そのため、農業系の大学や高校に通っている若者なのだから、就農意識があるだろうと早合点して、いきなり「新規就農に向けた教育プログラムや支援体制を作ったので、ぜひ農家になりませんか?」と誘ったところで逆効果です。かえってたじろがせるばかりです。

既存の新規就農支援がうまくいっていない理由も、案外、この部分に原因があるのではないでしょうか?農業系の学生はもとより、潜在的な “新規就農候補者”であることを忘れてはならないのです。

農家になることに憧れを持てるか

この点は、ふだん学生と接しているなかでも最も感じていることです。

私の考えでは、農業に関心がある人材が、実際に就農するまでにはいくつかのハードルがあります。

最初のハードルは、地域社会で暮らすことをイメージできるか?

2番目のハードルが、地域社会の一員として生活するうえで、職業選択の1つに農業が候補になるか?です。

この2つのハードルを越えて初めて、新規就農のためのキャリアデザインを描かれるようになるのです。

その点で、私が教える東京農大生物産業学部の学生は、全体の約9割は本州出身者ですが、北海道網走市でのキャンパス生活を通じて地域で生活することの魅力を体験しているので、最初のハードルはクリアできている学生が多いと思います。

そんな恵まれた学生生活をおくっていても、なかなか本学部から新規就農者が現れなかったのは、まさに2つめのハードルを軽視してきたのが原因ではないかと考えています。

YUIMEとの共同で実施した新規就農プログラム

就農までにはいくつものハードルがある
就農までにはいくつものハードルがある
そこで小川ゼミでは2022年、YUIMEとの共同で、この点を意識した新規就農プログラムに取り組みました。

具体的には、①課題解決型学習、②オンライン講座を行うとともに、①②のプログラムを経て、就農に関心をもった学生を対象に、実際の生産者のもとでインターンシップ研修をサポートするというプログラムです。

このうち、①の課題解決型学習については、一次産業専門の課題解決プラットフォーム「YUIME Japan」に寄せられた、全国の農家からの悩み相談について、学生が解決策を提案するというもの。学生が「もし自分が就農したら、どんな課題に出会い、どうやって解決していくか」をリアルにイメージしてもらうきっかけになれば、というのがねらいです。

②のオンライン講座は、前述の2つのハードルの2番目を意識したカリキュラムです。先駆的な農業経営に取り組んでいる全国の生産者が、オンラインを通じて授業を行うものですが、農業経営者のサクセスストーリーや営農モデルを学ぶばかりが目的ではありません。

重要なのは、農家になるとどのような生活が待っているのかをイメージできるようになるのが目標です。そこで、就農のきっかけを話していただくとともに、職業としての農業の魅力や、オフの日の過ごし方など、ワークライフバランスについても触れていただきました。

学生には就農にもいろいろな目的や方法があることを知ってもらうとともに、先駆的な農家との交流を通じて、憧れや親しみを実感してもらうようにするなかで、「自分もあんな農家になりたい」「自分も就農(=起業)したい」という気持ちが芽生えさせることに取り組みました。

1年間のカリキュラムを経て、農業には漠然とした興味しかなかった学生のなかから、実際に将来の目標に就農を掲げる学生が現れました。彼らの間から、農業生産法人へのインターンシップに参加する生徒も出てきております。

教育機関単独では実務力まで身につかない

複数の教育機関が連携することで、新規就農にまつわるイメージや、経営に必要な素質など、農業に対する若者の意識刷新には成功したとしても、それがすぐに就農に結びつくかは別問題です。

なぜなら実際には、地元の役場やJA、農業委員会などと交渉しながら、農地を探したり、補助金申請のための事業計画作りなどやることがいっぱいで、強力な実務力が必要になるからです。

学校の教員が、経営者としての実務力を教えることは不可能です。そのためにも、新規就農支援には、農家や民間企業の経営者など実務経験が豊かな人物を教員として取り込んだプラットフォーム作りが必要になってくるのです。

一部の教育機関ではすでに、実務経験豊かな経営者を講師陣としている体制の整備が進められていますが、十分ではありません。

卒業後に着実に就農まで導こうとするならば、在学中から就農までの事業計画の作成・実践はもちろんのこと、農作物の生産技術を身につけさせなければなりません。

アスパラ農家から栽培を学ぶ東京農大生/筆者提供
アスパラ農家から栽培を学ぶ東京農大生/筆者提供
この点を実行するとなると、最も困難なのが、実務部門の教育を担当する地域農家の協力を確保できるか?という課題です

地方には優れた農業経営者がたくさんいますが、彼らが教師として指導力に長けているかはまた別の話です。

農業インターンシップの難しさと可能性

東京農大の学生も、ふだんから農業バイトを通じて多くの農家の皆さんにお世話になっていますが、受け入れ側の農家とインターンシップ学生の間ではかなり温度差がある印象です。

インターンシップは、学生が社会に出る前に仕事を体験するのが本来の目的ですが、学生のなかには、受け入れ先の農家から単なる労働力として扱われるばかりで、経営理念や営農を学ぶ機会がほとんどなかったという声を聞きます。これは、全国の外国人技能実習生の受け入れ問題にも共通する問題です。

インターンは単なる農業体験ではない。営農に関してさまざまなことを学びとる機会だ(筆者提供)
インターンは単なる農業体験ではない。営農に関してさまざまなことを学びとる機会だ(筆者提供)
したがって、新規就農プログラムの構築で最も重要なのは、学生に指導する側の農家の教育にあると思います。

農家は営農活動で忙しい毎日を過ごしていますから、そもそも指導力を求めること自体が難しいかも知れません。ですが、個々の農家が経営するうえで、自分たちの地域に新しい生産者が増えることは決してマイナスにはなりません。

それどころか、インターンシップの受け入れを通じて、自分の農場で研修した学生が、従業員になりたいと応募してきたり、果ては将来の後継者候補として手を挙げる可能性も考えられます。

なお、新規就農者がきちんと地域において自立していくためには、就農定着にむけた長期的支援の仕組みづくりが必要となりますが、ここにおいてもキーマンとなるのは教育指導者としての農家の存在です。では農家にはどのような教育を展開すべきなのか、この点は次回より詳しく触れていきたいと思います。

この記事の執筆
小川 繁幸
小川 繁幸
東京農業大学生物産業学部自然資源経営学科准教授。1982年新潟県で生まれ、兼業農家で育つ。農林水産業のコンサルティングなど民間企業を経て、2013年に同大学の博士研究員、翌14年同大学同学部地域産業経営学科助教に就任。オホーツクを拠点に全国各地の農林漁業地域の活性化に向けて飛び回る。YUIME Japanでは農業を通じたファッションや地域イベントの企画など「農業女子」からの相談で人気。未来の農業界を担う若い世代の気持ちを代弁する教育者だ。

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