独特の茶褐色の模様で知られる「ハスモンヨトウ」は、野菜から花、果樹類に至るまで、さまざまな作物に被害を及ぼす蛾の一種です。急激にまん延して農作物に重大な損害を与える農水省の「指定有害動植物」に指定されています。
「夜盗(ヨトウ)」の名が示すとおり、幼虫は成長すると、昼間は日陰や土の中に隠れていて、日が暮れて捕食者である鳥が活動しなくなると行動を始めます。孵化した幼虫が畑に広がって、一晩でキャベツ畑を食い荒らすこともあるため、農家にとって最大の天敵。
これまでの駆除は殺虫剤を使う方法が中心でしたが、同じ薬剤を使い続けることで、薬剤が効きにくい抵抗性(耐性)を獲得した害虫が増加する問題が指摘されていますが、ハスモンヨトウはこの薬剤抵抗性を獲得しています。
大阪大学レーザー科学研究所などの研究グループは、飛んでいるハスモンヨトウにレーザー光を照射することで撃ち落とす技術を開発しました。この技術は、農作物や野生植物に壊滅的な被害を及ぼすバッタなどの害虫にも適用できると期待されています。どんな技術なのでしょうか?
この記事のポイント
・レーザーによる駆除技術の研究は各国で進められている
・飛び回る蛾を追尾せよ
・青い光は殺虫効果がある
・害虫駆除の技術が必要な理由
・害虫の飛翔先を予測する技術と組み合わせる
レーザーによる駆除技術の研究は各国で進められている
レーザー光線で害虫をやっつける――特撮ヒーローの必殺技を彷彿とさせる技術を開発したのは、藤 寛特任教授と、山本和久教授のグループです。
レーザーを使った害虫駆除は、すでに以前から各国で研究が進められており、例えば米国では、マラリアやデング熱の感染源となったり、家畜に寄生したりする「蚊」を撃退する技術が研究されていますし、日本でも2008年に三重大学大学院でショウジョウバエを対象にしたレーザー照射実験に関する報告が発表されています。
蚊やショウジョウバエは小さな虫ですから、レーザー光を体全体に照射することも可能ですが、蛾のように比較的大きな虫の場合、体全体を照射するには、大きな出力パワーを必要としますので、当然コストもかかります。
さらに、空中をある程度の速さで飛び回る害虫をめがけて照射するには、カメラで検出してからレーザーを照射するまでにはタイムラグがあるため、命中率が低くなります。空中を飛び回る害虫の動きに合わせて、効率よくレーザーを照射するには、さまざまな課題があるのです。
飛び回る蛾を追尾せよ
研究グループによると、ハスモンヨトウの成虫は体長が15〜20mm、羽根を広げると40mmほどの大きさになりますが、飛翔速度は1秒あたり2メートルと素早い動きが特徴です。
しかし、相手は自由に飛び回る虫です。そこで飛んでいるハスモンヨトウを、カメラとレーザー光を反射する特殊なミラーで検出したら自動追尾して、ビーム走査という技術でレーザー光線を狙った照準に合わせて、短い瞬間だけ光るレーザーパルス光で撃ち落とす技術を開発しました。実験の結果、見事命中する様子が動画でとらえられました。
青い光は殺虫効果がある
この技術で使われたレーザー光は、青い色を放ちます。ハスモンヨトウの茶色の体色は青い光をよく吸収しますので、殺虫効果が高くなります。
また、アザミウマやコナジラミの天敵であるヒメハナカメムシやタバコカスミカメを紫のLED光で誘引・定着させることで農作物を守る技術も実用化されています。
害虫駆除の技術が必要な理由
国連食糧農業機関(FAO)によると、毎年、世界の食用作物の最大40%が病害虫によって失われています。その損失額は年間2,200億ドル(約29兆円)以上にのぼり、近年の途上国の人口増加と相まって何百万人もの人々が毎年のように飢餓に直面しています。(※注1)
特に近年は、物流の国際化、気候変動などの影響により、大陸間を大群で飛来するサバクトビバッタが、アフリカや中近東、南アジアなどの農作物に被害を与える問題が相次いでいることから、害虫駆除の技術開発は、人類共通の課題になっています。
レーザーによる駆除技術は、農業害虫だけを対象にしているわけではありません。家庭では、ゴキブリやハエも薬剤を使わずに駆除することが可能です。
ハスモンヨトウが作物を食い荒らすのは、幼虫の間だけです。研究グループの藤 寛特任教授によると、「技術的には幼虫を検出することもできますが、幼虫が食い荒らすところを駆除しても、すでに甚大な被害が出ていますから、今回の技術は、多数の卵を産む成虫段階で駆除することで、幼虫の数を一気に減らす効果を狙っています」と話しています。
害虫の飛翔先を予測する技術と組み合わせる
すでに農研機構は2021年、飛び回る害虫をカメラでとらえたら、0.03秒先の位置を3次元で予測する技術を発表しています。
今後は、大阪大学レーザー科学研究所のグループが開発した技術と組み合わせることで、ハスモンヨトウをはじめ、サバクトビバッタなどさまざまな害虫を撃墜し、農作物被害を食い止めることが期待されています。
実用化すれば、ハウスに限らず、レーザー照射装置を設置できる条件下であれば、露地栽培でも使えるようになります。
研究グループの山本和久教授は「ハスモンヨトウは体が大きいので、低出力でレーザー光を撃つには、急所を特定することが課題でした。害虫駆除は農業だけでなく、飲食店や家庭でも身近な問題ですから、今回の発見は、実用化に向けた大きな一歩です」と話しています。
今後は実際のキャベツ畑などの圃場で実証実験を行い、2025年に実用化する予定です。
※注1:「植物防疫をめぐる状況の変化と課題」農水省消費・安全局(令和3年3月)https://www.maff.go.jp/j/syouan/syokubo/keneki/attach/pdf/arikata-14.pdf
取材協力
大阪大学レーザー科学研究所(藤 寛特任教授、山本和久教授)