農業人口は減少の一途をたどっています。コロナ禍で都市から地方へ移住したり、週末農業や家庭菜園を始めるなど、農業に対する関心が高まっているにもかかわらず、働き手不足の問題が好転する兆しは見えません。
日本で唯一の農業の総合大学である東京農業大学でも、食と農業に興味を持つ学生は増えていますが、卒業後に実際に就農する若者はほんの一握りです。
前回のコラムでは、日本の食糧基地である北海道のオホーツクキャンパスを拠点に教える小川繁幸氏が、大学から生産者を輩出できていない現状に対する葛藤を語ってもらいました。
一方、明治以来、日本の近代化の名の下に、地域農業の担い手を育成する役割を担ってきた農業高校でも変化が起きています。
読者の皆さんのなかには、ご自身が農業高校や大学農学部の卒業生だったり、家族が勉強中の方もいると思います。
未来の農業人育成の課題に教育現場は今、どう向き合っているのでしょうか?(写真は、日本最東端のオホーツク地域で行われた田植え体験実習のようす/筆者提供)
この記事のポイント
・農業人材の育成が日本の近代化を支えた
・危機に瀕する農業教育
・農業高校に課せられた使命
・規模拡大と自立経営農家の育成を目指す
・農業高校でペットトリマーやフラワーデザインを学べる時代
・統廃合が進む農業高校
・女の子は大学に行く必要がない?
・子供の人生設計を悲観的にとらえる親
・地方の持続可能性に必要な農業高校
農業人材の育成が日本の近代化を支えた
前回では、現在の学生の農業に対する意識や、大学から農家を輩出できていないことに対する教員の悩みを紹介させていただきました。
本題に入る前に、ここで私が所属する東京農業大学の歴史を振り返ってみたいと思います。
東京農業大学には、ふたりの学祖がいます。ひとりは、生みの親である創設者・榎本武揚(えのもと たけあき)と、もうひとりは育ての親にあたる初代学長、横井時敬(ときよし)です。
大学が掲げる教育研究の理念は、彼らが掲げた実学主義(人文主義に対抗して生まれた実践的な学問)にあります。
実学主義は他校でも掲げていますが、大学設立に向けた学祖の想いを紐解くと、東京農大らしさが見えてきます。
榎本は、日本とロシアの国境を定めた「樺太・千島交換条約」の締結や、日本の鉄鋼製造の拠点となった官営八幡製鉄所の構想立案など、近代化に尽力したことで知られます。
そんな榎本がなぜ農業大学を設立したのでしょうか?実は日本の近代化を進めるうえで、農業人材の養成・輩出が欠かせないという考えを持っていたからです。
1891年、旧幕臣の子弟を対象とした徳川育英会を母体に、私立育英黌農業科を設立しました。これが東京農大の前身です。
榎本は特に、資源が豊富な北海道を近代化における重要拠点だとして、「北海道農業の開拓」への想いを卒業生の祝辞にしています。
もともと、東京帝国大学(現・東京大学)の農科教授でしたが、その後、東京農大の前身・東京農学校の評議員への参加をきっかけに初代学長に抜擢されます。
横井もまた、国家を守る礎である農業の担い手輩出が大学の重要な役割だと考えて、「人物を畑に還す」という理念を掲げ、「農業後継者・地域社会の担い手の養成・輩出」を目指しました。
教育面では、観念論を排して実際から学ぶ姿勢を重視し、「稲のことは稲に聞け、農業のことは農民に聞け」「農学栄えて農業亡ぶ」といった言葉を残しています。
東京農大が目指す実学主義は、ふたりの学祖の教育思想から生まれたものであり、地域社会や農業を支える担い手の養成・輩出が大学のミッションであることがおわかりいただけたかと思います。
冒頭でなぜこのような話をしたかというと、日本の農業が危機的な状況にあるなかで、教育機関が担うべき役割を見つめ直すとともに、解決するためにどのようなことに注力するべきか、今こそ考える必要があるからです。
危機に瀕する農業教育
これからを考えると、できるだけ早い時期に農業の魅力に触れて、若者に職業選択として就農をイメージしてもらえるような環境を設けていくことが必要です。
現在は、幼児教育や初等教育のカリキュラムでも、サツマイモ掘りやイチゴ狩り、田植え体験などといった食農教育が積極的に取り入れられていますから、誰もが幼年期になんらかの形で農業に触れる機会が増えています。
10代のうちに「将来農業をやりたい」というキャリアビジョンを持つ生徒にとって、進学先に農業高校を選ぶことは大きな意味を持ちます。
教育界では現在、教師が課題を立てる従来のやり方ではなく、生徒自身が主体的に課題を設定し、その課題解決のために情報収集や、整理・分析を進め、まわりの人の意見を聞きながら、課題解決の答えを見つける「探究学習」に対するニーズが高まっていますから、農業高校で勉強することは、生徒の主体性を伸ばす第一歩です。
農業高校は、日本の発展を支える農業者を養成・輩出する重要な役割を担ってきました。全国各地に農業高校が設置された背景にはこういった理由があるのです。
農業高校に課せられた使命
そもそも農業高校は、もともと旧制の実業学校(明治時代の職業教育校)から継承された高校がほとんどです。1948年に旧制実業学校が廃止され、新制実業高等学校が発足すると、戦前の農業学校は新制農業高等学校となりました。(※1)新制農業高校の特色として、アメリカ式農業教育の影響を受けたプロジェクト型(課題解決型)学習法の導入や学校農業クラブ(FFJ:Future Farmers of Japan)の活動、「総合農業」という科目の新設などが挙げられます。(※2)
(※1、2=上野忠義「日本における農業者教育」/『農林金融2014・4』農林中金総合研究所、2014年 P30より引用)
『日本における農業者教育』によれば、1961年に制定された農業基本法で規模拡大と自立経営農家の育成が掲げられたことを受けて、その3年後に「自営者養成農業高等学校」の制度が始まりました。
規模拡大と自立経営農家の育成を目指す
農業高校には自立経営農家を養成する役割を期待されて、大規模近代化農業に必要な実験実習施設や設備にくわえて、寄宿舎の整備のための補助金が交付されることとなりました。
自営者養成農業高等学校は1998年には「農業経営者育成高等学校」に名称を変更して現在も継続していますが、就農率が必ずしも高いとは言えず、一部の高校を除いて「農業経営者育成」の看板は形骸化していると指摘されています。(上野忠義「日本における農業者教育」『農林金融2014・4』農林中金総合研究所、2014年、P31より引用)
農業高校の成り立ちを振り返ると、戦後早い段階でプロジェクト型学習や総合学習の基盤が取り入れられていることから、現在の総合的な探究型学習にスムーズに展開できる優位性があったことがわかります。
農業高校は制度が生まれた当初から、経営者の育成がミッションとして課せられていました。現代の農業高校においても、それは変わらないはずです。では、現在の農業高校では、どのような教育が展開されているのでしょうか?
農業高校でペットトリマーやフラワーデザインを学べる時代
農業高校には、農業に限らず、さまざまな専門コースが設置されています。例えば、農業科、園芸科、畜産科、食品科学科、農業土木科、農業機械科、造園科、生産技術科、食品ビジネス科など、多様な経営形態や地域性に合わせたコースがあります。今ではもう珍しくなってしまいましたが、農業と家庭生活にかかわることを学ぶ生活科などもあり、農業の領域が非常に幅広いことがわかります。
私も農業高校出身なのですが、高校生の頃はちょうどバイオテクノロジーが盛んだったので、生産技術科に所属しながらも、農業全般というよりバイオテクノロジーの基礎を中心に学んでおりました。女子生徒だけの生活科では、家庭科を中心とした科目が多く、調理学や栄養学、被服学などを学んでいました。
高校生の時は、なぜ農業高校に生活科があるのか不思議に感じていましたが、今になって考えてみると、生活科の存在は、農業の生活改善普及事業や、農村女性のキャリアデザインの確立にとって重要な意味があったと思います。
これまで見てきたように、農業高校は、その時代のニーズに合わせて、いろいろな学科を設置してきました。では、2020年代の若者に関心を持ってもらうようなカリキュラムはなんでしょうか?
昔と比べると農業高校のイメージも大きく変わってきています。
かつては、農家のあとつぎが通う、男子学生が多いイメージでしたが、今では約半数が女子学生です 。(文部科学省 平成28年度学校基本調査より)では、その要因としてには前述の通り、農業高校においてペットトリマーやフラワーデザインといった、女性に人気の高い職業に関連する科目や学科が設置されていることがあげられます。
しかし各地の農業高校では今、少子化の影響もあって存続の危機に瀕しているのです。
統廃合が進む農業高校
高校の学科別構成比を見てみると、普通科の比率が高まる一方、農業高校を含む職業学科(専門高校)は、1955年は40.1%だったのに対して、2022年は17.8%と大きく減少しています。
学科別の内訳を見てみると、2022年5月現在、農業は全体の2.4%にとどまっています。現在の農業高校がもはや地域農業の担い手を養成する役割を萌芽を背負いきれなくなっていることが伺えます。
高校生の進学・就職状況からもこの点が伺えます。
女の子は、大学に行く必要がない?
農業高校の先生と話す機会がありますが、実際に生徒の間では進学志向が高まっていると聞いています。かつて農業高校には、農家のあととりが進学するのが一般的でしたが、今では、入学してくる生徒の多くが「非農家出身」であるそうです。また、農家のあととりであっても、卒業後すぐに就農する生徒はかなり減っています。
ある県の農業高校では「いまだにこんな時代錯誤の考え方があるのか」と愕然とした記憶があります。
卒業後の進路について伺ったところ、その高校でも女子学生の比率が増えていることから、教師としては女子にも大学等への進学を考えてほしいと期待しているのですが、保護者の間では、いまだに「女の子は大学なんか行かなくてもよい」といった考えが根強く残っており、進学を勧めても、「高校卒業後にすぐに農家になるのはかわいそうだから、専門学校ぐらいでいい」と言う保護者が多いそうなのです。
子供の人生設計を悲観的にとらえる親
親自身が子供のキャリアを悲観的にとらえている影響や、高校のなかでのキャリア教育の限界もあって、卒業後の進路に調理、被服、福祉などの専門学校を選ぶ女子生徒が多く、農業大学校や農業学部のある大学への進学は少なくなっているといいます。
繰り返しますが、農業高校のミッションは、農業の担い手(経営者)の養成にありました。しかし現状では、就農や農業経営者に求められる能力や経験を体系的に学ぶ機会を提供することが難しくなっています。
かつては、地域農業の担い手を養成する中心的な役割を担っていた農業高校ですが、就農志向のない生徒が増えている現代では、たとえ就農を希望していたとしても、十分なサポートができず、農業の担い手を地元に還元していくことが困難になっているのです。
地方の持続可能性に必要な農業高校
日本各地で過疎化が深刻化している今、若い人材の受け皿となる教育機関の役割はとても重要です。
ただ、少子化の影響から教育機関の存続も非常に厳しい状況に立たされていますから、持続可能な地域づくりを考えていくうえでも、地方の農業高校に課せられた役割が重要なのです。
時代の変化に合わせて生き残りをかけて踏ん張ってきた農業高校も、昨今は募集定員の確保が苦しくなっています。そこで、同じ地域内の商業高校や工業高校、普通高校との統廃合が進んでいますが、農業学科から農業コースに位置づけられたことで、農業教育に注力する時間が限られ、カリキュラムの都合で農業実習の時間が減るなど、農業をより体系的に学ぶ環境を提供することが難しくなりつつあります。
前述したように、日本における農業高校の成り立ちは、生徒自らが主体的に課題を考え、解決に向けて何をすればいいか、考える力を伸ばす探究型学習に力を置いて発展しました。それが総合高校になることで、農業高校が本来持っていた強みを手放してしまったことになるのです。
農業高校は生徒にキャリアビジョンを示しているのか?
今日の農業高校が抱える課題のなかで、最も問題なのは、生徒が将来を考える時に、就農へのキャリアビジョンを描ききれていない点だと思います。
こう言うと、前述した「時代のニーズに合わせて変化してきた農業高校」と矛盾するじゃないか、と反論される読者もいるかもしれません。確かに、農業高校は幅広い視点で実践的に学べる環境を提供しているため、新世代の農業をイメージさせることはできているかもしれません。
ただ、重要なのは農業に関心のある若者に、キャリアビジョンとして就農を選択させるまでの経験や学びを提供することにあります。特に、農業高校生における女子比率が高まっていることからすれば、女性農家としてのキャリアビジョンや女子学生のキャリアデザインをしっかりとサポートしていくための仕組みづくりが必要です。
今一度、農業高校のミッションが農業の担い手(経営者)の養成にあったことを思い出し、地域にきちんと農業人材を還元していくことが重要です。それこそが今の農業高校に求められている存続意義ではないでしょうか。
この記事の執筆
東京農業大学生物産業学部自然資源経営学科准教授。1982年新潟県で生まれ、兼業農家で育つ。農林水産業のコンサルティングなど民間企業を経て、2013年に同大学の博士研究員、翌14年同大学同学部地域産業経営学科助教に就任。オホーツクを拠点に全国各地の農林漁業地域の活性化に向けて飛び回る。YUIME Japanでは農業を通じたファッションや地域イベントの企画など「農業女子」からの相談で人気。未来の農業界を担う若い世代の気持ちを代弁する教育者だ。