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農地を守れ!「イノシシとの共生」が人を集め 人を育てる SDGsモデルへ

農地を守れ!「イノシシとの共生」が人を集め 人を育てる SDGsモデルへ

熊本地震が発生した2016年、イノシシに田畑を食い荒らされる被害に苦しんでいた農家を救おうと立ち上がった農家ハンター。最新技術を駆使しながらイノシシを捕獲し、肉・骨・皮のすべてを無駄なく活用する取り組みは、国連からも評価されるように……。彼らのやり方を学びたいと、全国各地から人が集まり、それが地域創生に結びついています。


ポイント
・人をよび、育てる
・空き家活用
・イノシシを宝に


サスティナブルな循環型モデル


イノシシを捕獲するだけにとどまらず、全てを活用し尽くす仕組みを作ってきた農家ハンターは、ノンストップで進化しています。常に前進を続けながら、今は「農家ハンター3.0」段階をめざしています。イノシシを軸にした活動の「拡大」、つまり地域創生です。


「ひろがる」活動の目的はふたつ。ひとつは人材育成、もうひとつはジビエ・ツーリズムです。


鳥獣害対策で人材育成


人材育成に力を入れるのは、地域住民が主役にならなければ鳥獣被害は解決できないからです。この問題は、今や、日本全国だけでなく、全世界で急務の課題です。


もちろん、熊本の農家ハンターが、東北や北陸まで遠征して鳥獣害被害を減らすことはできませんが、彼らの取り組みを学んだ人たちが、それぞれの地元で、地域の特性に合わせて、対策を講じることは可能です。

高校生の現地実習のようす
高校生の現地実習のようす

農家ハンターは、これまでの5年間でさまざまな失敗を重ねて、独自のノウハウを築いてきました。また早い段階から情報通信技術(ICT)を活用してきたおかげで、イノシシの生態に関するデータも豊富に揃っていますから、他の地域でも役立てて欲しいと積極的に提供しています。

農家ハンターの育成プログラムは6段階で構成されています。

(1)鳥獣害問題に関心を持ち、理解を深める

(2)捕獲・害獣が近寄らないよう地域の環境整備

(3)効果的に守る(囲う)

(4)効果的な捕獲

(5)活用・販売

(6)教育


「育成プログラム」と名付けたこれら6つのプログラムは、講演や現地実習などの場を通じて、県の内外から訪れる行政の担当者や農家、学生にひろがっています。

プロジェクトリーダー稲葉達也さんは、自治体からの依頼でコンサルティング業務も行う
プロジェクトリーダー稲葉達也さんは、自治体からの依頼でコンサルティング業務も行う


農家ハンター道場にミシュランシェフ入門!


研修制度「農家ハンター道場」も作りました。捕獲や対策、解体など一連の流れを実体験から学び、地元でその技術を発揮してもらうことが目的です。


2020年の夏には、東京から40代のプロの料理人が研修生としてやってきました。佐渡理孝さんは、イタリアのフィレンツェで修業を経た後、ホテルやクルーズ船で腕を磨いたキャリアを持ち、ミシュランガイドにも連続で掲載された有名イタリア料理店のオーナーシェフです。


ある日、農家ハンターが作ったイノシシのハムを食べて、「日本にこんな美味いハムがあるなんて!」とショックを受けたそうです。そこで、どんな人間が作ったハムなのか?と興味を持ち、料理人という立場を超えて、この世界に足を踏みこみました。


研修生となってからは狩猟免許も取得し、捕獲や解体の作業も学びました。半年間の研修を経た今は、株式会社イノPの社員です。「もっと、もっと学びたい、深く取り組みたい」と考え、今春には東京から家族を呼び寄せて、近く熊本に移住する予定です。プロの料理人が加入したことで、ジビエの活用の幅が、さらにひろがっていくことが期待されます。

狩猟免許を獲得したイノP社員。2020年夏入社の大池さよさんとシェフ佐渡理孝さん
狩猟免許を獲得したイノP社員。2020年夏入社の大池さよさんとシェフ佐渡理孝さん

2021年3月現在は、北海道から大学1年生の男子学生も研修に来ています。エゾシカによる樹木の食害を目の当たりにし、問題意識を持つようになったそうです。2カ月半の研修を終えたら、学んだ知識を北海道に持ち帰り、対策に役立てたいと話しています。


研修では、知識・技術・ノウハウといったハード面はもちろん、地域の人とどうコミュニケーションをとりながら、事業をスムーズに進めるか?といったソフト面まで、さまざまなことを学びます。


元シェフの佐渡さんは「毎日新しいことの連続で、学びが多く、やれることがたくさんある。楽しくて仕方がない」と目を輝かせます。向き合っていくのは、鳥獣害という厳しい問題ではありますが、農家ハンターの「明るく、楽しく、元気よく」の精神がある限り、どんなに困難な場面でも、前向きな姿勢で、ピンチをチャンスに変えていくアイディアが次々に湧いてくるはず。そのエネルギーこそが、新たな仲間を呼び寄せる源泉になっているのです。


空き家を活用


農家ハンターの活動は、空き家問題の解決にも糸口を見つけました。ジビエファームがある戸馳(とばせ)島は、宇土半島の西南に浮かぶ過疎の島です。


周辺には住む人を失って荒れる一方だった空き家がたくさんありますから、研修施設や宿泊所として活用しています。

宿泊や研修施設として活用している家屋は、もとは空き家だった。敷地も広く、活用の幅が広がっている
宿泊や研修施設として活用している家屋は、もとは空き家だった。敷地も広く、活用の幅が広がっている

現在、持ち主不明の空き家が全国で問題となっています、農家ハンターでは、地元に少しでも貢献できたら……という思いで目をつけました。イノシシ対策の枠を超えた活動そのものが、持続可能な社会の実現の理想になっているのは、驚くばかりです。


地域活性化!ジビエ・ツアーと世界遺産


農家ハンターでは「ジビエ・ツーリズム」と農業体験ができる「農泊」の準備を進めています。ターゲットはファミリー層で、戸馳島に旅行に来てもらいたいという気持ちから生まれました。コロナ禍ではありましたが、2020年から、少しずつ受け入れを始めています。

明治時代に築かれた石畳の港湾や洋館などが残る三角西港は2015年に世界文化遺産に登録
明治時代に築かれた石畳の港湾や洋館などが残る三角西港は2015年に世界文化遺産に登録

八代海の北部に浮かぶ戸馳島は、海だけでなく山の恵みも豊富です。海水浴場の設備も整っている田舎の魅力を知ってもらうために、「絶賛過疎地域」の体験ツアーと題した旅行プランを企画しています。

ジビエ&農泊ツアープランとは


ツアープランをご紹介しましょう!旅行者はまず、JR九州あまくさみすみ線の終点「三角駅」を目指します。100年以上前に作られたレトロな木造駅舎の建物です。目の前の港から戸馳島までは船がお客さまを迎えします。


初日は戸馳港近くのジビエファームを見学。翌日からは、農家ハンターの案内で「箱罠の見回りツアー」に出かけます。ここで運よくイノシシが捕まっていた場合、命の授業を行います(トップ画像は箱縄をのぞく参加者の子供たち)。


昼食は島の食堂で地元の味を堪能し、午後は船で海釣りへ。農家ハンター代表の宮川将人さんも、この日ばかりはいつもの洋ラン農家の衣を脱ぎ捨て、漁船に乗ってマイク片手にガイド役をつとめます!海上からは、2015年に世界文化遺産に登録された明治時代の街並みが残る三角西港を眺めたり、無人島に上陸して遊ぶこともできます。


季節によって農作物の収穫体験にも参加できますし、釣った魚やジビエでバーベキューも楽しめます。夏には満天の星空の下、波の音を聴きながら眠りにつきます。帰宅後は、釣った魚がクール便で届けられるため、しばらく旅の余韻が続きます。


ジビエ・ツーリズムは、自然を楽しみながら自然と鳥獣害の問題を学ぶことができるのが魅力です。「来年も行きたい!」と思ってもらえたら大成功!農家ハンターの活動への理解だけでなく、この地域のファンが、またひとり全国に増えていくのです。


前述したシェフの佐渡さんは、子供を東京から呼び寄せることを決めた理由について、「ここでは、生きると言うことが何か、どんなことかを学ぶことができる。東京ではなかなか得難い感覚です」と話しています。家族全員で移住と聞くとハードルは高いですが、ジビエツーリズムへの参加によって子供から大人まで「生きる」や「生命」について真剣に向き合うきっかけになってくれたらと思います。

イノシシが地域の宝に


宮川さんたち農家ハンターは、「イノシシを地域の宝にしよう」という目標を掲げています。本稿で紹介した取り組みは、イノシシを通じた地域活性化(地域ブランディング)のモデルとも言えるでしょう。

国内では多くの地域が農村の過疎化や荒廃の危機にさらされています。全てが鳥獣害に悩んでいるわけではありませんが、農家ハンターの活動を知ることで、皆さんが住んでいる共同体でも、「こんなことができるかもしれない」と考えるきっかけにつながってほしいと思います。


全国のさまざまなエリアで、個々の特色を生かした地域創生(ローカル・イノベーション)を巻き起こす取り組みのひとつとして、今後も注目していきたいです。

執筆者のプロフィール

高木あゆみ(たかき・あゆみ)/はちどりphoto代表、フォトグラファー。◎小学6年生からインスタントカメラやコンパクトカメラで撮影を始める。18〜30歳まで熊本でフェアトレードの活動に参加。2006年にはベトナムへ留学し、首都ハノイを拠点として地方の農村取材や農家との交流。2014年にはフリーランスになり、以後はドキュメンタリーフォトグラファーとして、欧州や中東14カ国29都市を取材したり、農家や職人取材に力を入れる。

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