若い農家の悩みのひとつが「作業中でも自分らしい格好がしたい!」というもの。農業のイメージは長い間、「ひたいに汗して黙々と働く農家の姿」というものでしたが、SNSやコロナ禍の影響で料理する機会が増えるなか、「この野菜はどんな人が作っているんだろう?」と作り手に対する注目が高まっています。おしゃれでカッコいい農家が増えると、農業のイメージも変わります。東京農業大学の小川繁幸先生が、新しい農家のライフスタイルを提案します!(写真:MASA HAMANOI)
ポイント
農業女子の活躍
・農業のファッション
・消費者ニーズの変化
農業女子の存在
私はふだん、東京農業大学のオホーツクキャンパス(北海道網走市)で、農業の新たな価値を創造するために、ライフスタイルの分野でさまざまな活動をしています。
高齢化や労働力不足の深刻な問題を抱える日本の農業と農村を活性化させるためには、これまで主力ではなかった女性や障がい者、高齢者の力を生かして、もっと活躍してもらえる場所をつくるのが大事だと思っています。
女性の農業者は、基幹的農業従事者の約4割を占める存在です。また、女性の認定農業者数は1999年には2,168人でしたが、10年後の2019年には1万1,493人と5倍に増えています。
農業とファッション
女性が果たす役割や可能性はふだん学生と接するなかでも感じています。農水省の調査でも、全国の農業高校の生徒数が減少傾向にあるなか、女子生徒の比率は伸びています。2019年度の調査では48.9%とほぼ半数を占めています。
女性が果たす役割や活躍に期待して生まれたのが農水省の「農業女子プロジェクト」。東京農大も参加していますが、ここでの活動は、日本のポップカルチャーである「kawaii(カワイイ)」をテーマに、女性らしいワークスタイルの提案を進めています。
というのも、農大の卒業生が、新たに農業を始めようというときに、最初にぶつかるのが、既存の農作業着には自分たちが着たい“可愛い”服や“カッコいい”服がないという壁なのです。
この背景には、農業と“おしゃれ=ファッション”のイメージが、そもそも結びつきにくく、相反する関係だったからにほかなりません。農業は労働の性質上、どうしても3K(きつい、汚い、危険)のイメージが強く、農家自身も、作業着を選ぶときに重視するのは、汚れが落ちやすかったり、動きやすく、安全性に特化した服が主流で、デザインは二の次だったからです。
消費者である農家がデザイン性を求めてこなかったわけですから、メーカー側もニーズに答える必要を感じていなかったのが実情ではないでしょうか。
ワークウェアがおしゃれ
一方、都会で暮らすオフィスワーカーにとって、オシャレなライフスタイルのひとつが「健康」で、仕事終わりにジムに通ったり、週末はマラソンしたりと、汗を流すことが一般的になっています。
その結果、ジム帰りにジャージやスニーカーのまま、カフェやレストランに行けるファッションへの関心が高まります。つまり、オシャレと機能性を兼ね備えたスポーツMIX(ミックス)というスタイルですね。これが「ワークウェア×ファッション」に結びついたのです。
農家がオシャレすべき理由とは?
注目されるのは、農作業着のデザインにとどまりません。それを着ている作り手のイメージがもっと重要なのです。
私はこれからの農家は、誰よりもファッショナブルであるべきだと考えています。なぜなら、農作物のブランディングにおいては、作り手のイメージがとても大切だからです。
従来の農家の役割は、人口が多い都市部に安定的に農産物を提供することでした。その過程で発展したのが「規格制度」です。形や色、サイズ、成分含量など、一定の基準に達した農作物を出荷すれば黙っていても売れていたので、多くの農家が「規格」の基準に耐えうる農作物を生産してきました。
しかし、消費者の消費行動が多様化した現在では、これまでのように「規格品を作っていれば売れる」保障はありません。健康志向が高く、「食の安全・安心」に敏感な消費者は、環境保全に配慮して作られた農作物や、健康効果が期待される農作物を求めます。そして、味はもちろんですが、この農作物は「誰が」「どこで」「どのようにして」作ったのか、「食のストーリー」を求める消費者が増えています。
カッコいい農家がつくる農産物が欲しい
ここでようやく農業とファッションが繋がってきます。農産物のイメージを高めるためには、作り手であるあなたもステキな農家であるべきです。
“可愛い”ウェアや“カッコいい”ウェアを着こなす農家はステキだと思いませんか?
同じ野菜なら、より魅力的な農家から買いたいと思いませんか?
消費者が考える農業の魅力とは、ファッション業界が農業に着目していることからも裏付けられます。
ON/OFFでセルフイメージを切り替えて
かつては、農家自身が3Kを意識していたので、ONである作業時は「どうでもよい格好」でもかまいませんでした。しかし、今は仕事中にバイヤーが見学に訪れたり、圃場で撮影した写真が農産物と一緒に紹介されることが一般的です。
一方、都会で働くオフィスワーカーは仕事着こそ、営業や接客など人と交流する機会が多いので、みだしなみに気をつけ、おしゃれに力をいれます。OFFはプライベートですから、ラフで「どうでもよい格好」をします。農家も仕事着である農作業着こそオシャレであるべきなのです!
すでに全国にもオシャレに関心を持った農家が増えています。山形県には蝶ネクタイにジャケットを着たスーツ農家、齋藤聖人さんがいますし、農業女子プロジェクトに参加するメンバーにもたくさんいます。
ワークウェアをプロデュース
私自身も現在、複数のアパレルメーカーと組んで、さまざまなワークウェアを開発しています。大切しているのは「作業着」ではなく、ファッションとしての「ワークウェア」をつくることです。
例えば、ドリームワークスがプロデュースする米国ブランド「UNIVERSAL OVERALL(ユニバーサルオーバーオール)」とのコラボでは、コーチジャケットを開発しました。コーチジャケットは、アメリカンフットボールのコーチが着ていることから命名された、ナイロン製のウインドブレーカーです。
農業の作業着が、かつてのジーンズのように、ファッションのトレンドとして、農業の壁を越えて普及していき、ファッションを通じて農業に関心を持ってもらったり、あこがれの職業としてより農業が輝いていく世界を創出していきたい。
そんな世界の主人は、もちろん農家の皆さんです。これまでの農業の価値観を越えていけば、その可能性は無限大です!
小川 繁幸(おがわ・しげゆき)/東京農業大学生物産業学部自然資源経営学科准教授。1982年新潟県で生まれ、兼業農家で育つ。農林水産業のコンサルティングなど民間企業を経て、2013年に同大学の博士研究員、翌14年同大学同学部地域産業経営学科助教に就任。オホーツクを拠点に全国各地の農林漁業地域の活性化に向けて飛び回る。