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第6話 代表取締役 上野耕平 「壁が見えれば、必ず超えられる」

第6話 代表取締役 上野耕平 「壁が見えれば、必ず超えられる」


「これからはお前の好きなように生きろ」


ワシントン州の大学の経済学部に通っていたある日、父から国際電話がかかってきて、「これからは援助できない。お前の好きなように生きろ」と告げられました。当時日本でバブルが弾けて、株で大損したのです。以前から実家の経済状況がどんどん悪くなっているのは母から聞いていたので、それほど驚きはなかったです。

そこで私は、日本で起業できるネタを探すことにしました。そのとき思い出したのが、大学3年生のときに聴いた、スターバックスのマーケティング責任者による講演でした。

シアトルスタイルカフェの日本展開を試みる


スターバックスのことを知ったのはそのときが初めてでした。しかも、講演の内容は「日本の缶コーヒーについて」。スターバックスはもともと豆を焙煎する会社であり、その豆を売るためにショップを出したのですが、彼らは「日本では自動販売機が至る所にあり、缶コーヒーの需要が非常に大きい」ことに着目し、日本のことを研究していたというのです。

その講演のことを思い出した私は、「スターバックスのような、マーケティングがしっかりしている会社は先見性がある」とあらためて感じ、調べてみることにしました。

よく知られている話ですが、スターバックスは1971年、シアトルの住民に古くから親しまれていた「パイク・プレイス・マーケット」という市場に1号店をオープンしました。このときは焙煎をした豆を売るだけで、淹れたてのコーヒーが販売されたのは1982年のことです。

その後、のちにCEOとなるハワード・シュルツ氏がイタリア出張の際、ミラノでエスプレッソバーが1,500軒もあることを知り、シアトルでも同様のコーヒーバー文化を展開しようと考えます。店舗数は1989年までに55店舗、私が講演を聞いた1992年にはアメリカ北部を中心に140店舗まで拡大していました。

また、チョコレートが入ったミルクコーヒーなど、新しいコーヒーの飲み方を世に送り出したのもスターバックスでした。そういう新しいスタイルが次のコーヒーのスタンダードになる。このビジネスはいずれ日本でも絶対に流行る。私はそう確信したのです。

飲食に興味をもったのは、元レストランのオーナーだったという教授の授業が面白かったのも一因です。レストランの出来事をマーケティング理論に置き換え、何をすれば集客が上がるのかを考えたり、新しい商品のキャンペーンプランを出し合ったりと、かなり実践的な内容でした。

スターバックスも「コーヒーの美味しさ」だけで勝負したわけではありません。マーケティングの結果、「コーヒー文化」を若者のファッションやライフスタイルとして確立したから、成功したのです。一方、当時の日本は、煙草の煙が漂う中でアメリカンコーヒーを飲むという時代。今でこそ、そのような純喫茶は懐古趣味的に好まれていますが、当時の若者が行く場所ではなかった。それが劇的に変化するタイミングが来るだろうと思いました。

私は帰国後、その構想を実現しようとシアトルスタイルのカフェを始めましたが、喫茶店文化がまだ色濃く残る時代だったこともあり、上手くいきませんでした。少し時代を先取りしてしまったのかなと思います。

スターバックス1号店の前で音楽を演奏する若者たち


苦しい時ほど恐れずに前に出る


企業に就職せずに自ら事業を手がけようと思ったのは、アメリカの階級文化をひしひしと感じていたのも理由のひとつです。アメリカには、資産家のもとに生まれたとか、有名大学卒だとか、人生のスタートラインや学歴による特権層が存在します。ステータスという部分において、そういう人たちには絶対に勝てません。

当時の私自身で言えば、東大を出た人には学歴ではまったく勝てない。アメリカで過ごしているから、日本にコネもない。そんな自分がサラリーマンになったところで、他のみんなに追いつくだけでも精一杯です。それならすぐに事業を始めようと、スタートラインを自ら引いたのです。

未知なことに取り組むのはアメリカで十分経験を積んだので、恐怖は感じませんでした。新しい世界に踏み込むとき、困難があるのは当然です。問題は、その困難の壁がどれくらい高いのか。スタート地点ではその高さは見えない。壁に当たってみて初めて気づく。だから、何事もとりあえず始めてみるしかないのです。

私はシアトルスタイルカフェの日本展開に失敗したあとも、会社経営を続けてきました。正直、何度も壁にぶち当たります。ただ、壁だと認識できるということは、必ず超えられるということ。本当の壁は、認知できません。逆に「この壁を超えるのは大変だな」と思えるということは壁が見えている証拠で、試行錯誤すれば必ず越えられるのです。

今、社員にも「答えが出るまで頭で考えようとすると行動できない。とりあえず動いてみると想像もしなかったヒントに出会う。そのヒントが結果につながる」と伝えるようにしています。また、自分の経験を振り返っても、何とかしようと必死にもがいていると、必ずその姿を見て共感し助けてくれる人が現れ、そこから状況が好転するということが何度となくありました。

嫌なことを避け問題を先送りにすれば、その一瞬は過ぎていくが、それが癖になると、本当に行動が必要な時に動けなくなる。だから、苦しいときほど恐れずに行動してみる。それをぜひとも習慣にしてほしいです。(構成=堀香織)

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