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Editor’s Eyes米国で見直される「土づくりへの回帰」リジェネラティブ農業の現場リポート

Editor’s Eyes米国で見直される「土づくりへの回帰」リジェネラティブ農業の現場リポート

2023年、農業界でトレンドになった「リジェネラティブ農業」。

世界各地であいつぐ異常気象や地球温暖化に対する危機感から、環境の再生を目指して、農地の土壌を健康にするため、化学肥料や農薬の使用を最低限にとどめ、微生物を繁殖させて肥沃な土を取り戻すという考え方です。

「リジェネラティブ(リジェネレイティブとも)」という聞き慣れない言葉のため、理解促進が進みませんが、日本では古くから”篤農家”と呼ばれる達人たちが「土づくり」の大切さを説いてきました。

一方、大規模化・省力化を代表する農業大国でも変化の兆しがみえています。北海道大学大学院の小林国之先生がアメリカで広がるリジェネラティブ農業の現状をリポートします!(写真は筆者が訪問したオハイオ州のA農場/筆者提供)

この記事のポイント
・リジェネラティブ農業は千差万別
・自分独自のやり方を見つけることはやりがいにつながる
・トウモロコシ・大豆・小麦の輪作
・レアな品種を栽培する意味
・輪作のなかでのカバークロップの役割
・品種による発芽率の違い
・米国人は遺伝子組み換え(GM)作物をどう考えているのか?
・GM作物は、害虫耐性はあるが、収穫量は…
・生産性アップと経営効果

リジェネラティブ農業は千差万別

まず第一に、「リジェネラティブ農業」とは“やり方”ではなく、“考え方である”と理解するのがとても大切です。

経営環境は生産者ごとに異なります。したがって自分の農地の土壌がどうしたら健康になるのか、というやり方も千差万別です。

健康な土にするための「原理」を理解しつつ、各自の条件に合わせたやり方を自分で見つけていくことがとても大切になります。それが、農業者にとっては大変なことでもありますが、一方で“やりがい”にもつながっていきます。

自分独自のやり方を見つけることはやりがいにつながる

ここからは、2023年の9月に訪問したアメリカの農場の事例をいくつか紹介したいと思います。

まず登場するのはオハイオ州にあるA農場です。

いわゆる家族経営で、農業に従事しているのは家族4人に加えて、1人を雇用しています。経営面積は約400ヘクタールと、私たち日本人の感覚では大規模経営ですが、オハイオ州の穀倉地帯では“小規模”に区分されます。

作っているのはトウモロコシ、大豆、小麦で、周辺地域のほかの農場経営と変わりありませんが、Aさんの農場では、カバークロップ(被覆作物)を積極的に取り入れている点が特徴です。

化学肥料や農薬を使う慣行農業をベースとする経営ですが、Aさんは自分の経営にあわせて“土を健康にすること”に取り組んでいます。

オハイオ州の穀倉地帯A農場のケース
オハイオ州の穀倉地帯A農場のケース

トウモロコシ・大豆・小麦の輪作


Aさんの農場では、トウモロコシ、大豆、小麦を生産していますが、作っている品目は近隣エリアの慣行農業と基本的には変わりません。

これら3品目が経営面積の大半を占めることに違いはありませんが、作物は同じでも、品種が少しずつ異なるのが特徴です。この部分からも、慣行農業をベースとして、できるところから「自分たちが理想とする農業のあり方へと近づいていく」という農場主のスタンスをうかがい知ることができます。

トウモロコシのメインは、害虫に強く収穫量を上げるように遺伝子を組み換えた「スタンダードフィールドコーン(standard field corn)」というGM品種で、これはエタノール原料になるものです。

A農場で作っているトウモロコシは、エタノールの原料として使われている品種/筆者提供
A農場で作っているトウモロコシは、エタノールの原料として使われている品種/筆者提供
それにくわえて「放任受粉トウモロコシ(open-polinated corn=OPC)」と呼ばれるトウモロコシも作付けを始めています。これはGM作物ではなく、自然に受粉して自家採種できるような品種です。

面積的にはまだまだ僅かですが、食用のコーンミールとして使われるためのもので、収穫した一部は、細かく挽いてバーボンの原料として、地元の製造工場に販売しています。

大豆はほとんどが家畜の飼料用ですが、一方で豆腐やソースを作る人向けに、食品用途の品種も栽培しています。大豆の経営面積も、まだまだわずかではありますが、現在の取引先のビジネスの拡大とともに今後も拡大していくのではないかと考えられています。

小麦についても、メインは「ソフト・レッド・ウィンター小麦(soft red wheat)」と呼ばれる一般的な品種です。

地元にある大きな集出荷業者に販売されていますが、冬小麦の畑でも他の作物と同様、一部で慣行農業とは異なる品種の作付が行われています。

それらは小麦の最古の品種で、17世紀からオハイオ州に定着している「エインコーン(一粒系小麦)」や、「ハード・レッド・ウィンター」など、先祖伝来の「ヘリテージ小麦(heritage wheat)」 と呼ばれるものです。

レアな品種を栽培する意味


Aさんの農場は、地元では小規模経営です。ですが、大規模経営が一般的なアメリカ型農業において、作ったものを自分たちで貯蔵したり、販売したりすることは容易ではありません。

例えば、A農場ではトウモロコシの年間生産量は1,300トン程度ですから、その量の貯蔵施設を自前で調達して、売り切るのは大変です。

したがって、トウモロコシや大豆などは、既存の流通の仕組み(フードシステム)を通じて販売することで経営を維持しながら、少しずつ慣行栽培とは異なる事業を確立していくという経営戦略をとっているのです。

私のインタビューに協力してくれたA農場の後継者は、土づくりに力を入れて栽培した生産物は、品質面でも優れている点があると指摘しています。

トウモロコシを例にあげると、品種改良されておらず、自然に近い形で受粉した「放任受粉トウモロコシ(OPC)」は、従来通りのやり方で作った品種より、たんぱく質含有量が高いというデータを挙げて説明してくれました。

大豆についても、食品用に作っている品種は、家畜飼料用に比べて、油分やたんぱく質の含有量が多いため、地元で醤油や豆腐を製造しているメーカーに、他より高く直接販売していると言います。

「土づくりに力を入れて作った作物は品質が高い。品質の良さや価値を理解したうえで、これを使いたいという人たちに向けて販売しています。それが私たちのマーケティングです」と胸を張っていました。

輪作のなかでのカバークロップの役割


A農場が取り組んでいる土壌を健康にする取組について紹介しましょう。

前述した3つの作物の輪作のなかに、いかにして、複数種類のカバークロップを入れているのでしょうか?

前述したとおり、オハイオ州の穀倉地帯では、輪作の基本はトウモロコシ→大豆→小麦の順番で行われています。カバークロップを植えるのは、トウモロコシ→大豆の間(①)と、秋小麦→トウモロコシの間(②)の2回が基本です。

左はA農場のトウモロコシ畑。右の根元を見るとカバークロップが植えられているのがわかる/筆者提供
左はA農場のトウモロコシ畑。右の根元を見るとカバークロップが植えられているのがわかる/筆者提供
トウモロコシを収穫した後の農地には、緑肥として冬作ライ麦を植えます。

輪作の順番として、その次に来るのは大豆ですが、理想としては翌年春に先に植えたライ麦が残っている状態で播種し、その後にライ麦を枯らすようにします。

その方法は、状況によって対応は変わりますが、理想としてはローラークリンパー(roller-crimper)という、爪状の歯がついた巨大なローラーをトラクターの前に装着して、ライ麦を切り分けて根元から押しつぶしていきます。(動画「Advances using the roller-crimper for organic no-till in Wisconsin ウィスコンシン大学の総合的病害虫管理(IPM)技術」参照)


ライ麦が小さすぎたり、土壌が濡れている場合には、モアで草を刈ったり、除草剤で処理をすることもあります。

大豆の収穫後は冬小麦を植えますから、後作のカバークロップを播種しません。

2回目のカバークロップは、冬小麦を収穫した後になります。

Aさんの農場では、例年7月の第一週ごろに小麦を収穫します。その後は小麦の根元に生えている雑草が十分に育つまで待ってから、それらを除草し、8月後半から9月にかけて8〜10種類のカバークロップを播種しています。種類はマメ科、アブラナ科、タデ科など、緑肥の科が複数になるように選んでいます。

複数のカバークロップは、次の年にトウモロコシを播種する5月後半まで生育させておきます。播種のタイミングを迎えたときに、再びローラークリンパーで根こそぎ倒して、不耕起で播種します。

この場合、刈り取った緑肥の層が4〜5インチ(10〜12cm)ほどの厚さになった状態で、土壌にすき込まずに播種することを意味します。地表の緑肥は数カ月も経てば分解されて、土壌の養分に変わります。

品種による発芽率の違い

Aさんがリジェネラティブ農業を始めたとき、どのトウモロコシを栽培するか、いくつかの品種で試験を行いましたが、品種によって発芽率に大きな違いがあることに気づきました。

とりわけ、自然な形で採種された放任受粉トウモロコシ(OPC)の場合は発芽しましたが、遺伝子組み換えされたGMトウモロコシは、発芽率が低下しました。

その理由は、防除しにくい2種類の雑草があって、これらがトウモロコシより先に成長してしまうせいで影ができて、日照が悪くなり、GMトウモロコシの発芽を邪魔してしまうのだと話していました。

米国人は遺伝子組み換え(GM)作物をどう考えているのか?

リジェネラティブ農業の実践現場を視察するとともに、アメリカにおいて、遺伝子組み換え(GM)作物はどう認識されているのでしょうか?──それを知るのも、今回の調査の目的のひとつです。

A農場のケースから考えると、害虫に強く、収穫量を増やすというGM作物の特性を認識しながら、現状では放任受粉品種と分けて生産しているという印象を受けました。

言うまでもなく、GM作物は、除草剤とセットで作られますから、リジェネラティブ農業に取り組むにあたっては、どのような品種が適しているのか、を自分たちでテストすることが必要になります。

Aさんの農場でも2015年ごろから10年近くかけて、さまざまな品種を試験栽培しながら自分たちの経営に適した品種を模索してきたと話していました。

前述した放任受粉トウモロコシについて尋ねてみると、カバークロップ(緑肥)と不耕起栽培を組み合わせた場合、一般的な慣行栽培に比べて、収穫量は1エーカー(0.4ha)あたり、760キロ(30ブッシェル)ほど少なくなりました。(編集部注※アメリカでは穀物の収穫量を1ブッシェル=約35リットルで計量する)

遺伝子組み換えトウモロコシの場合はもっと成績が悪く、1エーカーあたりの収穫量はさらに最大で1760キロ(50ブッシェル)ほど低くなったことから、収穫量が最も多かった今の品種を選んだということでした。

GM作物は、害虫耐性はあるが、収穫量は…

また大豆については、カバークロップが植わっているところに播種する場合、GMとNon-GMで発芽率に違いはみられないと話していました。

だったら遺伝子組み換えではないNon-GM品種を生産しているのかと尋ねたところ、そうではなく、メインはGMの大豆と言うのは意外でした。

理由は除草剤を使うため。遺伝子組み換えしたGM大豆は、より除草剤を使うことができることから、とくに雑草の問題がある畑で有効です。

Aさんも、遺伝子組み換えしたGM作物の生産面積を減らして、少しずつNon-GM大豆の面積を増やしていこうと考えています。

しかし、その場合の課題として、これまでとは異なる除草方法を見つける必要があるということでした。A農場がある地域では、大豆が発芽した後の雑草は、除草剤を使う以外、なかなか駆除できないと言う問題があるのです。

生産性アップと経営効果

A農場では、トウモロコシについては、この地域の平均近い収穫量をあげているうえ、大豆に至っては地域平均を上回る収穫量です。

注目すべきは、窒素の施肥量です。カバークロップを植えることで、マメ科の窒素固定の効果により、肥料の使用量が従来より4割近くまで減らすことができます。

言いかえると、他の慣行農家が平均的に使っている半分近い肥料で、この地域の平均収穫量をあげられることが可能なのです。これは経営面からみても大きなメリットです。

さらに、燃料代の節約にもなります。農地を耕さない不耕起栽培は、プラウやトラクターを動かす燃料の消費量が少なく済みます。燃料代の節減は大きなメリットです。

でも、読者のなかにはカバークロップとして植える緑肥の価格を気にする方もいるかもしれません。

種子の代金は、1エーカー(40アール)あたり約60ドルですから、日本円に直すと、10アールあたり約2,300円になります。(※1ドル=約150円で計算。2024年3月現在)

しかし、肥料の量をほぼ半分に減らしているので、肥料に含まれる窒素量を、1ポンドあたり1ドル(1ポンド=約0.454kg)と試算すると、約90ドル(同1万3,500円)を節約できます。カバークロップを肥料代として考えれば30ドルも安くなる計算です。

カバークロップには、窒素を固定するだけではなく、土壌の保水性や透水性、センチュウ予防といったさまざまな効果も認められています。

アメリカにおけるリジェネラティブ農業の実例調査では、土壌改善効果を再確認しただけではなく、「費用節減効果」があるということを確信しました。

良いことずくめにみえるリジェネラティブ農業ですが、実際に取り組んでいる人はまだまだ少数派です。

次回はなぜ普及が進まないのか、それについて分析しましょう。そこからアメリカ農業が抱えている深刻な課題が見えてきます。

この記事の執筆

小林国之

北海道大学大学院国際食資源学院連携研究部門連携推進分野 准教授
北海道大学大学院農学研究科を修了後、イギリス留学。主な研究内容は、新たな農村振興のためのネットワーク組織や協同組合などの非営利組織、新規参入者や農業後継者が地域社会に与える影響など。また、ヨーロッパの酪農・生乳流通や食を巡る問題に詳しい。主著に『農協と加工資本 ジャガイモをめぐる攻防』日本経済評論社(2005年)、『北海道から農協改革を問う』筑波書房(2017年)など。

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