農業人口が減少するなか、関係省庁や各自治体、JAから民間企業に至るまで、新規就農を支援するためのさまざまな取り組みを展開しています。
かつての農業は、農家のあとつぎが代々継いでいくイメージがありましたが、農地の集約や法人化など経営規模の変化に伴って、就農のあり方も変わってきています。
農業界初めての事業承継士として、さまざまなケースを見てきた伊東悠太郎さんは、意外にも「非農家が何も持っていない状態でゼロから新規就農するのはリスクがありすぎる」として、引退する農家がやる気のある若者に経営基盤を引き継ぐ「第三者承継」の魅力を説いています。
この記事のポイント
・「ゼロから始める新規就農を禁止したい!」
・新規就農者を定着させるには?
・第三者承継はメリットばかり
・第三者承継の課題とは?あとつぎのいない農家とどこで知り合う?
・資産価値は、民間の査定サービスを利用せよ
「ゼロから始める新規就農を禁止したい!」
「ゼロから始める新規就農を禁止したら良いのに…」と思っています。皆さんの周りにも、まったくのゼロからスタートしている新規就農者はたくさんいませんか?
新規就農者は、まずは農地を探すところから始まります。
市役所や農業委員会に相談に出向いたら、「紹介できそうな農地が出てきたら連絡しますね」と言われますが、これがクセ者。毎日電話を待っていても、永遠に電話が来なかっったりすることは珍しくありません。
「ついに連絡がきた~!」と喜んで現地を見に行っても、「ここは果たして農地なのか?」と絶望するような、草木が伸び放題の耕作放棄地だったということも「あるある」です。パッと見は良さそうな耕作地に見えても、いざトラクターを動かしてみたら、車輪がハマって前に進めない湿田だったり、石だらけの農地だったり…。
これらのハードルを乗り越えて、ようやく農業機械を揃える段階になってもトラブルはつきまといます。
農機と言っても新品の価格は手が出せないので、新規就農者は中古農機を探し回ることになりますが、そんなに苦労して探しあてても、手に入るのは年季の入ったオンボロばかりです。
そんなときに隣の畑をふと見ると、70過ぎのベテラン農家が数百万から1千万円は優に超える、大手メーカーのトラクターを涼しい顔で乗り回している姿が見えます。「こんな狭い田畑なのに、どうみてもオーバースペックなんじゃないの」と思わず毒づきたくなる瞬間です。
栽培についても、近くに教えてくれる人がいないから、YouTubeが先生代わり。農薬や化学肥料はできるだけ使わないようにしようと頑張ってみても、害虫や病気の被害で田畑は壊滅状態。
Uターンや移住ブームに乗ってやってきた新参者は、地域社会の先輩農家からは「お手並み拝見」とばかりに、一挙手一投足を観察されます。
新規就農者は右も左もわからないのに、「あんた、若いんだから」と集落内のさまざまな行事に駆り出されます(それが地域社会で顔を覚えてもらえる方法ではあるのですが)。
そんなことに時間を取られているうちに、自分の畑では雑草が伸びまくり、心を折られます。何とかかんとか収穫までたどり着いても、出荷先の直売所では、余生は生きがいとして農業をやっている年金暮らしのお年寄りが作る、儲け度外視の野菜の安売り合戦に巻き込まれ、肩を落とす日が待っています。
新規就農者を定着させるには?
僕自身は東京でのサラリーマン生活を辞めて、病に倒れた父の後を継いで、現在は富山県で水稲種子農家をしながら、農業界の事業承継を進めるための著作や講演活動のほか、個別支援を行っています。
その間、農業に希望を見出して、心も体もお金も時間もすり減らしながら頑張ってきた新規就農者の姿をたくさん見てきました。また、彼らを支援するために、たくさんの税金が投入されていることも知っています。
──しかし結局のところ、新規就農者は定着しているのでしょうか?
こんなことを言うと、「おまえのような親元就農の人間が上から目線で言うな」と反発を買いそうですけれど、現実的にはやはり“親元就農が最強”です(親との関係で、揉めているケースなどは別にして)。
ただ、これもまた現実を考えれば、親元就農ばかりでは、就農者の数は減少する一方です。
そこで、私が提案したいのは、親元就農と同じくらいメリットがある「居抜きの第三者承継」の普及です。“居抜き”は店舗経営など不動産業界でよく使われる言葉ですが、事業承継の場合、新規就農者が後継者のいない農家のところへ、スポっとはまるようなイメージを考えています。
第三者承継はメリットばかり
第三者承継がうまくいけば、「農地はある」し、「機械も探さなくていい」「経営計画もすぐに立てられる」「栽培だって教えて貰えばいい」うえ、「売り先」だって引き継げるわけです。
すでに軌道に乗っている経営体を第三者承継できれば、ゼロから始める新規就農者が味わう苦労をほとんどしなくて済むのです。
その分、本来注力すべき農業経営に全力投球が可能です。見方を変えれば、国や自治体が新規就農希望者に向けて、これまでたくさん投資してきた税金ももっと少なくて済むでしょう。
さらに、ベテラン農家の引退・離農によって、あっけなく失われてきた農業知識や経験などといった財産が次の世代に引き継がれ、フルに生かすことが可能になります。本当にメリットだらけだと思いませんか?
先ほど、親元就農が最強だと述べましたが、僕のような親元就農の場合、就農場所も、経営規模も品目も経営者(親)も基本的には選べないわけですが、第三者承継の場合は、選択の自由があります。
どんな場所で、どんな規模で、どんなものを作るか?にくわえて、誰のもとで就農するか?ということまで選べるというのは、親元就農にはない大きなメリットですし、正直、めちゃくちゃ羨ましい(笑)。
それに、親元就農だと、親子がそのまま経営者と後継者という関係性になるので、対立構造を生んだりして揉める家庭も少なくありませんが、血縁でなければ、両者の間には、ほどよい距離感、緊張感を保ち、ビジネスライクに事業を進められます。
あとつぎのいない農家とどこで知り合う?
基本的にはメリットばかりに見える第三者承継ですが、もちろん課題もあります。そもそも、現状では後継者がいない農家と出会う仕組みがほとんどありません。後継者不在の農家自体は日本中にたくさんいるんですよ。だけど、新規就農者との出会いのチャンスがない。これは“婚活と一緒"だと思います。
…ということは、出会うための努力が必要で、そのために時間がかかる。出会えても“結婚”までたどりつくかはわからない。うまく行く保証なんてないけれど、動き出さないことには何も始まりませんからね。
ホンモノの婚活であれば、最近はいろいろなマッチングアプリもあるし、各自治体でお見合いイベントもたくさん開催しています。だけど、農業の第三者承継となった途端に、ほとんどそれがなくなるわけです。
一般的な企業の合併・買収を・M&Aサイトはたくさんあるのにね。本音を言えば、そういったマッチング機能を関係機関が対応して欲しいと思っています。
だから新規就農希望者は「“譲っても良いよ”という後継者不在農家の人はいませんか?」、あとつぎを探している農家は「“誰か農業をやってみたい”という新規就農者はいませんか?」と、お互いに農村の中心で叫ぶしかない現状なのです。
参考:自治体などの公的機関が行っているマッチングサービス
・農業をはじめる.JP (全国新規就農相談センター) 農業経営の第三者継承 | 移譲・貸出希望農家リスト |
北海道の移譲希望農家リスト 北海道DE農業をはじめるサイト
熊本県 ひのくにねっと移譲希望農家リスト
・青森県弘前市【後継者がいなくてお困りの方へ】 園地継承円滑化システムに樹園地を登録しませんか
資産価値は、民間の査定サービスを利用せよ
次に大きな課題と言えば、“資産評価”です。
経営者側からすれば、これまで人生を掛けて投資してきた財産ですから、1円でも高く評価して欲しいわけです。一方の後継者側にしたら、事業承継初期の金銭的負担はめちゃくちゃ大きいので、1円でも安く引き継ぎたいのが本音です。
両者の要望は相反していますから、どこかで落としどころを見つけるしかありません。
解決策としてオススメするのは、JA三井リースが農業者向けに行っている各種サービスの活用です。
もう1つは金銭的負担をコントロールできることです。単純な売買だと、1年目にドカンとお金を払う必要がありますが、リースだと自分で期間を選択できるので、負担を平準化できます。
メリットは2つ。まず1つは公正な査定金額が出るということです。その金額を目安に交渉をスタートすれば、双方の落としどころが見つかりやすくなりますし、価値がないものはこの際処分してしまうこともできます。
就農時の後継者には資金の余裕がありませんから、現実的には経営者側がある程度、譲歩してあげる必要があると思います。
資産の譲渡価格だけで考えるのではなく、経営権を引き継いだ後も、しばらくは相談役として、月額の顧問料を貰うというのもひとつの方法だと思います。
もし僕が第三者承継をする経営者側だとしたら、後継者に対しては「出世払いで良いよ」と言うと思います。経営が安定したら、その時にちゃんと回収したらいいんですよ。せっかくの後継者候補が途中で離農したら元も子もありませんから。
この記事の執筆
参考:どうする?農家のあとつぎ問題「二代目探しは婚活・恋活と同じ」事業承継士に聞いた!