キャベツやハクサイなどのアブラナ科野菜の生産者にとって、春と秋の長雨時や台風シーズンに気をつけなければならない病気のひとつが「黒斑細菌病」です。
育苗中に発生すると、圃場に植え付けた後、病原菌が飛び散って畑全体に蔓延し、葉の黄化や壊死などを引き起こします。防除は欠かせませんが、近年では殺菌剤が効きにくくなる薬剤耐性菌が問題になっています。
筑波大学の研究チームは、自然界に存在するアミノ酸を、スプレーでキャベツの葉に噴霧することで、黒斑細菌病の症状を抑制する効果があることを発見しました。
どんな仕組みなのか研究者に聞いてたところ、生産者がすぐにでも取り入れることもできると言います。(黒斑細菌病に感染したキャベツ/筑波大学提供)
この記事のポイント
・黒斑細菌病に感染するメカニズム
・細菌が侵入する気孔に注目!
・アミノ酸はどんな働きをするのか?
・気孔から侵入した細菌は?
・気孔から感染する他の植物でも…
黒斑細菌病に感染するメカニズム
黒斑細菌病は、キャベツやハクサイばかりではなく、ブロッコリーや大根、チンゲンサイ、カリフラワー、カブなどアブラナ科全般にくわえて、エン麦などの緑肥にも発生するため、近年、世界的に問題になっている病気です。
名前の通り、細菌が原因のため、種子段階で感染すると、育てた苗を畑に移植した後、雨水や風などによって病原菌が飛び散って、他の株にも感染します。被害がひどい場合は、圃場全域に広がって全滅してしまうこともあります。
黒斑細菌病に感染した苗は、葉の表面に褐色の水滴状の斑点が現れますが、この症状は他の生理障害やべと病によく似ているため、肉眼で識別することは困難ですから、都道府県の農業試験場などで試薬を使って診断を行います。
発病株の処分後も厄介です。病原菌が植物の残渣とともに土中に残存するため、発生を繰り返すことがあるからです。
生産者は、連作を避けるために異なる作物をローテーション(輪作)で栽培したり、種子や土壌を消毒するなど、さまざまな努力をしていますが、現在は化学農薬を使った防除が一般的です。
細菌が侵入する気孔に注目!
しかし、すでに銅剤やストレプトマイシンが効きにくくなっている薬剤耐性菌が出現しており、この問題を解決するための新たな防除法の開発が課題となっていました。
筑波大学生命環境系の石賀康博助教らの研究チームは、アブラナ科植物の代表のひとつであるキャベツを選び、葉の表面にある気孔に着目。
気孔は開いたり、閉じたりすることで、二酸化炭素や酸素を出入りさせたり、水の蒸散など、光合成に深く関わっている穴ですが、同時に黒斑細菌病の病原菌が侵入し、植物内で感染・増殖することで、葉の黄化や壊死を引き起こします。
その結果、14種類のアミノ酸で黒斑細菌病の症状や、キャベツ内部の細菌数が抑えられることが明らかになりました。
さらに、14種類のアミノ酸は、葉を細菌の入った液体に浸した場合は効果がありましたが、液体をキャベツ内部に直接注射してしまうと効果がないことも確認されました。つまり、アミノ酸は、細菌が植物の体に入る前にだけ防除効果を発揮するのです。
アミノ酸はどんな働きをするのか?
研究チームは次に、アミノ酸が気孔にどんな変化を起こすのか反応を観察したところ、アミノ酸によって気孔の開口部が狭くなることがわかりました。
14種類のうち、開口部を狭める威力を特に発揮したのは「システイン」「グルタミン酸」「リシン」の3つです。
グルタミン酸は昆布などの旨味成分でご存知の方も多く、葉面散布用の液体肥料として市販されています。
一方、システインは、最近では「L-システイン」という形で浸透しており、主に肌のシミや日焼けに伴うメラニン色素の生成を抑制するサプリメントや、肝臓の解毒作用に関係しているとして二日酔いの改善などが期待されているアミノ酸です。
最後のリシン(リジンとも)もまた必須アミノ酸のひとつ。大豆製品などの豆類をはじめ、肉、魚、乳製品などの動物性たんぱく質に多く含まれていて、これが不足すると成長障害などの影響があります。
これら3種類のアミノ酸を吹きかけたキャベツの葉では、何もしなかった葉に比べて、開口幅が1/3〜半分近くまで狭くなり、それに応じて、病原菌が侵入する数も減少することがわかりました。
気孔から侵入した細菌は?
……とはいえ、アミノ酸を吹きかけても、気孔は光合成を司どる器官ですから、すべての穴が完全に閉じてしまうことはありません。侵入する細菌数が減っても、わずかな隙間から侵入した細菌が、植物内部で増殖する可能性もあります。
研究チームによると、初期段階での侵入数と、侵入後の増殖数のピークには相関関係があり、多く侵入すればするほど、黄化と壊死の症状が激しくなることがわかりました。つまり、初期段階でアミノ酸による防除を行うことが病気予防のカギを握るのです。
気孔から感染する他の植物でも…
前述のとおり、グルタミン酸に代表される一部のアミノ酸は、すでに肥料として広く普及しています。
研究チームは、今回の成果から、防除効果が認識されないまま、先人の知恵により、この種の肥料が役立ってきた可能性もあると指摘しています。
そのうえで、キャベツ黒斑細菌病と同じように、主に気孔から侵入する他の細菌や一部の真菌(カビ)に対しても、安価なアミノ酸を使った防除方法の効果が期待できるとして、今後はアブラナ科植物のハクサイ、大根だけでなく、マメ科の大豆やナス科のトマトでも解析を進めています。
石賀助教の研究チームでは2021年にも、植物由来のバイオマス素材であるセルロースナノファイバー(CNF)を希釈した液体を大豆の葉全体に吹きかけることが、大豆さび病の防除に結びつくという研究成果を発表しています。
石賀助教は、「アミノ酸だけでなく、他にもさまざまな物質が気孔を狭める可能性があります。細菌の侵入を防ぐ物質を探したり、気孔そのものを侵入しにくい形の品種に改良することで、持続可能な農業の実現に貢献できると思います」と述べたうえで、「我々で防除製品の実用化を進めることは難しいので、この技術が現場レベルでどんどん利用していってもらえると嬉しい」と話しています。
取材協力:
筑波大学生命研究科(石賀康博助教)
参考
「アブラナ科植物黒斑細菌病 歴史と現状」瀧川雄一、高橋冬美(2014年日植病報80特集号)
「アブラナ科野菜の黒斑細菌病防除指針(Ver.2)」(2023年3月)/長野県農業関係試験場