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Editor's Eyes「不妊の牛は子宮内に悪玉菌が多いから!?」子宮内フローラの改善が酪農家を救う!

Editor's Eyes「不妊の牛は子宮内に悪玉菌が多いから!?」子宮内フローラの改善が酪農家を救う!

酪農家にとって頭の痛い問題のひとつが牛の不妊です。

育種の改良や飼養技術の向上によって、乳牛1頭あたりが年間に生産する乳量は、10トン近くにのぼり、これは1960年代と比べると2倍以上増えたことになります。

一方で、牛の健康状態に問題がないにもかかわらず、繁殖成績の低下が問題になっています。

あたりまえの話ですが、牛は妊娠・出産しなければ牛乳の生産ができません。現在、ほとんどの酪農家は、凍結した精液を人工授精(AI)によって種付けしていますが、それを何度繰り返しても受胎しない牛がいると、次の出産までの期間が長引いて、餌代など1日あたり、1頭700円ほどコストがかさみます。

牛の不妊はなぜ起こるのか?──畜産に関わる人にとって永遠の課題に光明をもたらす研究成果が発表されました。

北海道・美瑛町で家畜診療医として活躍する八木沢拓也獣医師(NOSAI北海道)と、岡山大学、北海道大学、麻布大学の研究グループが、不妊牛の子宮には悪玉菌が多いことを突き止めました。

つまり、子宮内の細菌環境を改善すれば、繁殖障害による不要な淘汰を避けられる可能性もあるのです。(画像提供:八木沢拓也獣医師)

この記事のポイント
・腸内と同じように子宮内にも細菌が存在する
・子宮内環境は、餌や飼育環境で異なる
・不妊の特徴となる細菌はどれだ?
・不妊牛の早期診断技術の確立へ

腸内と同じように子宮内にも細菌が存在する

私たち人間や動物の腸内には、数万種類、数百兆個と言われる細菌が存在していて、種類ごとにさまざまな機能を果たしていることから、色とりどりの花が咲き乱れる花畑に喩えて、腸内フローラ(細菌叢)と呼んでいます。

最近の研究で、これまでは無菌だと考えられていた子宮内にも腸内と同じようにさまざまな細菌が存在することが明らかになっており、人間の研究では、子宮内フローラのバランスが整った状態であると、着床率や妊娠率が向上すると言われているのです。

北海道NOSAI(農業共済組合)の八木沢獣医師と、岡山大学学術研究院医歯薬学域の内山淳平准教授らのグループは、北海道内の4つの農場で飼育されている69頭の牛の子宮内フローラの解析を行いました。

子宮内環境は、餌や飼育環境で異なる

対象となった4農場のうち、3農場では牛をつなぎ飼いする「タイストール」と呼ばれる管理方法を取り、1農場ではおがくずなどを敷き詰めたベッド(敷料)に牛を放し飼いにする「フリーバーン」という方法を取っていました。

飼料は3農場がTMRという配合飼料と、細かくした牧草などを混ぜ合わせた餌を与え、1農場はそれらを別々に与えていました。

八木沢獣医師が子宮内膜から採取した組織を、内山准教授が調べたところ、この段階で、餌や飼育環境によって子宮内フローラの構成が異なることがわかりました。

牛の餌や、飼育環境によって子宮内フローラは異なる
牛の餌や、飼育環境によって子宮内フローラは異なる(提供:内山淳平准教授/岡山大学)
そこで、次に、4農場のなかでも飼養頭数が最も多く、フリーバーン牛舎でTMRの餌を与えられている農場に着目し、31頭の牛を対象に、人工授精の回数と受胎率の関係を詳しく調べました。

31頭のうち19頭は、3回以内の人工授精で受胎が確認されましたが、12頭については人工授精を4回以上繰り返しても受胎しないことがわかりました。

不妊の特徴になる細菌はどれだ?

内山准教授はさらに、正常に受胎する19頭と、低受胎牛の12頭の子宮内には、どんな細菌が、どれくらい存在しているかを調べ、さらにそれらの細菌同士には、どんな相互作用があるのか解析しました。

900種類の細菌について解析を重ねた結果、内山准教授は「アルコバクター」と「TM7」という細菌の関係性が不妊と関連していることを突き止め、子宮内フローラの中でアルコバクター属菌が多くなると、不妊が起きる傾向にあることを見つけました。

低受胎の牛では、子宮内フローラの悪玉菌が多い状態になる
不受胎の牛では、子宮内フローラの悪玉菌が多い状態になる(提供:内山淳平准教授/岡山大学)
アルコバクター属菌は、以前はカンピロバクター食中毒の原因菌として考えられていましたが、近年の研究で腸炎や敗血症の患者から発見されているほか、イタリアで2019年に発表された研究では、流産した牛とヤギの胎児から検出されています。こうしたことから、牛やヤギのような反芻動物の流産や、生殖能力を低下させる可能性があると指摘されています。

牛の子宮内に存在する細菌の数々。不妊牛には、アルコバクター属のTM7菌が多い一方、受胎牛にはタウエラ属サブサキシバクター菌 が多く存在したという
牛の子宮内に存在する細菌の数々。不妊牛には、アルコバクター属のTM7菌が多い一方、受胎牛にはタウエラ属サブサキシバクター菌 が多く存在したという(提供:内山淳平准教授/岡山大学)

不妊牛の早期診断技術の確立へ

八木沢獣医師によると、牛のなかには、子宮や卵巣に異常がなく、発情周期も正常であるにもかかわらず、人工授精を3回以上繰り返しても受胎しない“リピートブリーダー”と呼ばれる個体が全体の5〜24%いて、酪農家の経済的負担になっています。

今回の研究によって、餌や飼育環境などの違いが牛の不妊に影響していることが明らかになりました。研究グループは、子宮内フローラの検査は個々の牛の受胎性のバイオマーカーになるだけでなく、飼養管理に伴う子宮内フローラの変化を検出することで農場における受胎性の低下を探る新たな指標になると考えています。

検査技術が確立されることで、原因が分からない不妊の診断や受胎性の向上に向けた飼養管理の改善の提案につながる可能性があると指摘しています。

この研究成果は酪農家だけでなく、繁殖農家にも影響する
この研究成果は酪農家だけでなく、繁殖農家にもグッドニュースだ(提供:八木沢拓也獣医師)
この技術が応用できるのは乳牛だけではありません。肉牛農家においても繁殖率の低下は問題になっていて、2011年以降、繁殖用のメス牛の減少に伴って、子牛(素牛)の価格は高騰傾向にあります。

その背景には、乳牛と同様、経営の大規模化によって飼育頭数が増えたことで、労働力不足の影響もあって、十分な観察ができず、発情の兆候を見逃したり、適切なタイミングで受精できないなどの社会的要因も関係していますが、リピートブリーダーである可能性も考えられます。

人間の不妊にも子宮内フローラが関わっています。2016年にはスペインの研究で、体外受精を行った35人の不妊治療患者を調べたところ、乳酸菌ラクトバチルスが90%以上と、それ以下の女性では、妊娠率と出産率が大きく異なることが報告されているのです。細菌の種類などは違いますが、人間と動物の妊娠・出産をめぐって、子宮内フローラの受胎性との関係性が議論されています。

内山准教授は「人間と動物の健康、環境の健全性をひとつの健康ととらえるワンヘルスの考え方から、ヒトと動物の生殖学と微生物学が融合して、新たな科学が切り開ければと考えています」と述べて、微生物環境を判断する子宮フローラ検査を確立できれば、家畜のなかでも商品価値が高い競走馬などに応用することで、不妊だからと言って家畜を淘汰する必要がなくなるかもしれないと話しています。

さらに内山准教授は、今後この研究を進めていくことで、牛や馬だけでなく豚などのほ乳動物をはじめ、観賞用の魚類や鳥、食肉用のニワトリの卵と細菌叢の関係に応用できる可能性があると指摘したうえで、「子宮内の調整には、ストレスのない環境や、バランスの取れた給餌が重要だと考えています」と話していました。

▼取材協力
岡山大学学術研究院医歯薬学域 病原細菌学分野/内山淳平准教授
岡山大学学術研究院医歯薬学域 病原細菌学分野/内山淳平准教授
NOSAI北海道(北海道農業共済組合)/八木沢拓也係長
NOSAI北海道(北海道農業共済組合)/八木沢拓也係長

▼参照
・アメリカ微生物学会「Microbiology Spectrum」
Metataxonomic analysis of the uterine microbiota associated with low fertility in dairy cows using endometrial tissues prior to first artificial insemination
初回授精前の乳牛における低受胎に関連した子宮内細菌叢の解析

・alic独立行政法人農畜産業振興機構「乳用牛の生産寿命を延ばす初産時の管理重要ポイント

・BMC Veterinary Research「Isolation of Arcobacter species and other neglected opportunistic agents from aborted bovine and caprine fetuses

・AM J Obstet Gynecol「Evidence that the endometrial microbiota has an effect on implantation success or failure

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