これから年末年始にかけてお酒を飲む機会が増えます。
ふだん意識することはありませんが、お酒もまた農産物の加工品。日本酒ならお米、ワインならブドウ、焼酎なら麦やサツマイモなど、ウイスキーなら…と、種類によって原材料もさまざまです。
歴史を紐解けば、最も古いとされる果実酒は紀元前4,000年ごろ、ビールは紀元前3,000年ごろに飲まれていたという記録があります。お酒の発展は、まさに人類の歴史と共に歩んできたと言っても過言ではありませんが、その歴史の1ページに加えられるニュースが飛び込んできました!
有史以来、世界で初めて「木」からお酒を作る技術です!開発を担当したのは森林総合研究所の研究グループです。
この記事のポイント
・縮小する国内市場と海外需要の高まり
・地域の新しいブランドになるか?
・木材をクリーム状にする技術
・杉、白樺、桜…樹木特有の香り
・4mのスギの木からはワインボトル50本分が作れる
縮小する国内市場と海外需要の高まり
コロナ禍を経て、海外からの外国人観光客が戻ってきています。
2013年に和食がユネスコの無形文化遺産に登録されて以降、海外における日本食への関心は高まる一方ですが、それに伴って国産のお酒に対する注目も変化しています。
国内市場を見ると、少子高齢化や人口減少、消費者の低価格志向などを背景に、国産アルコール類の消費量は1999年をピークに減少が続いていましたが、その一方で、海外での日本食ブームにあやかって、清酒やウイスキーなどの輸出は増えているのです!
国税庁によると、2022年の国産酒類の輸出総額は約1,392億円(対前年比21.4%増)となり、2012年以降、11年連続で過去最高記録を更新しています。
輸出金額を品目別に見るとウイスキーが最も多く約560億円(対前年比21.5%増)、次いで清酒は約475億円(対前年比18.2%)、そのほかにリキュールやビール、ジン・ウォッカ、焼酎など、いずれも成長しています。
国内では消費拡大が見込めず、市場が縮小傾向にあるなか、酒類業界はこれまでのやり方にとらわれず、新たな商品サービスの開発や市場の開拓が求められているのです。
地域の新しいブランドになるか?
その新たな商品開発として、今から注目したいのが「木の酒」です。人類の酒の歴史のなかで、木材から製造したアルコールを飲んだ経験がある人はいません。
樹木を原料にしたお酒の製造技術を開発したのは、森林総合研究所の大塚祐一郎さん、野尻昌信さんたちのグループです。
原料にしたのは、杉や白樺、桜、ミズナラなど、私たちの生活に馴染み深い種類ばかりですが、ウイスキーやブランデーなどのように樽で何年も寝かす必要もないと言います。
一体、どんな技術で、どんな味がするお酒なのでしょうか?
木材をクリーム状に変える特殊技術
この技術は、食品を粉末状に加工するための特殊なビーズと木材を水中に入れて、高速回転させることによって、ビーズと接触した木材がピーナツクリーム状("スラリー”と言う)になるまで細かく粉砕できるものです。
すでに食品加工業界では、チョコレートクリームをなめらかにする工程などで採用されていますが、木材で使うのは今回が初めてだと言います。
野尻昌信さんは「最初はこの技術を使って、メタン発酵技術で木材からバイオガス(メタン)の製造を行なっていたんです。でもある時、ふと、”化学薬剤を使わないこのやり方なら、お酒もできるんじゃないのかな?」と思い立って実験を始めたのです。
湿式ミリング処理によって、硬い木材の細胞壁を細かく砕くと、細胞壁内部のセルロースが露出します。セルロースは食物繊維として知られていますが、多糖類という炭水化物です。
そこで食品加工用のセルロース分解酵素を使ってブドウ糖に分解し、さらにブドウ糖を酵母で発酵させた結果、「木の発酵液」ができます。しかし、この段階ではアルコール度数は1.5〜2%に過ぎません。
発酵液を1〜2回蒸留することによって、アルコール度数30〜40%の「木の蒸留酒」が完成するというのです。
杉、白樺、桜…樹木特有の香り
この方法であれば、ウイスキーのように何年、何十年も寝かせる必要がなくお酒ができます。
すでに杉、白樺(しらかんば)のほか、ソメイヨシノや山桜など在来種の桜、ミズナラ(ブナ科)、高級ようじの材料として知られるクロモジ(クスノキ科)を使った醸造酒と蒸留酒が試験的に作られています。
杉や白樺は近年、花粉症の原因となる花粉を発生する樹木として厄介者扱いされている部分もありますが、一方で古くから杉材で作った樽や桶で醤油や味噌、日本酒などの保存に使われるなど馴染みのある木材ですし、白樺もまた割り箸や爪楊枝などに利用されてきました。(※木の酒に花粉は含まれない)
それでも人類の長い歴史において木材から作ったアルコールを飲んだ経験がある人はいませんから、開発には、残留農薬や重金属、有害物、カビ毒、溶剤、遺伝子突然変異の誘発性などの安全性を確認する必要がありました。しかし、いずれも問題がないことが試験で裏付けられました。
気になる風味についてですが、杉のお酒には杉特有の爽やかな香り成分が含まれていた一方で、白樺は、甘く熟した白ワインのようなフルーティーな香りが感じられました。香り成分を分析した結果、ウイスキーやブランデーを樽で長期間熟成したときに生成される熟成香が含まれることも判明しています。
また、ソメイヨシノや山桜からは桜餅やジャスミンのような華やかな香り、ミズナラからはウイスキーのような独特の香り、クロモジから作るお酒は柑橘系とバラのような甘い花の香りが感じられるとされています。
4mのスギの木からはワインボトル50本分が作れる
現在は、森林研究・整備機構が特許権者として、商業ベースで製造するための技術開発に向けた研究施設の拡充を進めています。この研究施設では、丸太の段階から最終的に「木の酒」ができるまで製造できる技術を学べます。
杉であれば、直径30cm、長さ4mの木を材料にした場合、ワインボトルと同じ750ml入りの瓶に換算すると、およそ50本できるといいます(アルコール度数は35%)。
研究所では、木の酒の事業化を希望する民間企業への技術移転を行っていて、すでに東京都内でクラフトジンを手掛ける「エシカル・スピリッツ社」が参加しています。
このうち、エシカル・スピリッツ社は、木の酒を「WoodSpirits」と名付けて、これまで活用されてこなかった間伐材(密集した森林を健全にするため、樹齢30〜50年程度の木を間引いたもの)や未利用材を活用することで、資源の循環を目指しています。
2023年10月に東京都内で行なわれた試飲会では、宮城県から鹿児島県まで180人が参加を希望し、木の酒への注目度の高さがうかがわれました。抽選で選ばれた参加者からは、「まるで本物の木を飲んでいるようだ」「リラックスする香りがします」などと好評でした。
2024年春には茨城県つくば市に蒸溜所が完成し、同年冬には試験販売に向けた準備が進められています。
森林総研のグループは「私たちが開発した技術で作る木の酒は、樽で長期熟成しなくても、原料の木から醸し出される豊かな香り成分が楽しめます。日本には1,200種類もの樹木が存在していますので、この技術を使えば、バラエティーに富んだ香りのお酒を作ることができます。国内各地の特徴的な樹木を使った新しい産業が生まれることが、林業の振興につながることを期待しています」と話しています。
▼取材協力
森林総合研究所
・樹から造る「木の酒」の開発
・香りも味も世界初「木のお酒
・木材から造る香り豊かなアルコール―世界初の「木のお酒」を目ざして―
WoodSpirits
国税庁
・最近の日本産酒類の輸出動向について
・酒レポート(令和4年3月)
・「日本産酒類の輸出拡大を促進させる国税庁の取り組み」(2023年8月『ファイナンス』より)