農家ならば、誰でも一度は「GAP」という言葉を聞いたことがあるでしょう。農産物の生産で重要なのは、食品としての安全性ですが、「安全」とは、口に入れて食べるだけではなく、その食品がどのように作られたかという由来や背景のことも含まれます。環境と密接に結びついている農業が、未来にわたって続いていくためには、環境保全はもちろん、働く人の人権や家畜の管理など、さまざまな観点で安全に向けた取り組みを進めていかなければなりません。今、注目のGAP認証制度について日本GAP協会が解説します!
ポイント
・今さら聞けないGAPとは?
・理想の環境で作られた農産物
・GAPはひとつではない
なぜGAPが注目されているのか?
GAPとは、Good Agricultural Practiceの略語で、直訳すれば「よい農業のやり方」です。農林水産省は「農業生産工程管理」と説明しています。
ここでいう生産工程とは、例えば次のような作業を指します。
例えば▼農薬や肥料の使い方、▼土壌や水質などの環境保全をはじめ、▼農作業中の事故の防止や労働者の人権と福祉にくわえて、畜産分野においては、▼家畜の病気を防ぐための衛生面の管理と、できるだけストレスを少なくするアニマルウェルフェア(快適性に配慮した家畜の飼養管理への配慮)などがあげられます。
これらの工程について、体系化された管理点にそって管理し、問題がないかどうかを記録・点検することで、安全で信頼できる農産物の生産につながるのです。安全な食料を持続的に作り続けることが、社会や地球環境をめぐるさまざまな問題の解決につながり、ひいては農業が未来にわたって続いていく産業になるというのがGAPの基本的な考え方です。
ここ数年で、GAPに対する注目が急速に高まっています。同時に農業政策においても、GAPの取り組みや認証取得が重要な課題になっています。
GAP認証とは?
農業生産者が理想とするのはどんな農場でしょうか?
どの農家にも共通しているのは、残留農薬や病害虫のリスクを減らすこと、そして事故がなく、働く人の意識が高いこと、さらに、周辺環境に対する配慮を通じて、地域社会と共存できる農場であれば最高ですよね?
農家から農産物を購入する企業にとってはどうでしょう?食品会社が最も重視することは、食品の安全性を確保し、社会に貢献できる企業として認められることです。そのためにも、持続可能性をめざしている生産者の手で作られた農産物を調達する必要があるのです。
農産物の生産者と調達者の双方にとって「良い農場の目印」となる仕組みがGAP認証なのです。
GAPにもとづいて生産された農産物が、第三者機関によって審査され、認証を得ているものであれば、企業も消費者も納得して購入することができるのです。つまりGAP認証とは「信頼できる農産物」に対するお墨付きなのです。
GAPとSDGs
GAPは食品の安全性を確保し、担保する取り組みであると同時に、農業の持続可能性にも結びついていることを説明してきました。したがってGAPを実践したり、GAP認証を受けて生産された農産物を積極的に購入する行為は、SDGs(国連サミットで採択された「持続可能な開発目標」)への貢献につながります。消費者ひとり一人が参加できる貢献です。
世界で最も普及しているGAP認証制度であるGLOBALG.A.P.は、もともとヨーロッパの民間団体である欧州小売業組合(EUREP)が創設した農場認証制度からスタートしたものです。
EU市場では大手スーパーやファストフード店が農産物を調達する基準にしており、EUに向けて輸出を行う海外の農場にも広がっています。
これを、アジアや日本の農業条件や環境に合わせて独自に確立した制度が、ASIA GAP(アジア・ギャップ)と、JGAP(ジェイ・ギャップ)のふたつです。いずれの場合でも、求める取り組みの多くが、国際社会がめざすSDGsと密接に結びついていることがわかります。
東京2020大会とGAP
東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会の選手村では、GAP認証を取得した食材を提供することが求められていることも話題になりました。具体的には、①食材の安全性の確保、②環境保全に配慮した農業生産活動の確保、③作業者の労働安全の確保の3点を満たすことが調達基準の要件になっています。
これらの要件を満たしているかどうかは、農産物を見ただけではわからないことです。しかし、GAP認証を受けることで、目に見えない価値が「見える化」されるのです。
この調達基準は、東京2020大会が持続可能な社会の実現に向けた「レガシー」を築く役割を担っています。
「レガシー」とは、オリンピックの遺産を未来に引き継ぐという意味を持っていますから、GAPもそのひとつに位置づけられたということを意味しています。
GAPを見分けるポイント
これまでもお話ししたように、GAPはひとつではなく、GAPと称するものには多くの種類があるのです。例えば、農林水産省が提唱する「するGAP」は、認証を必要としない農家の取り組みのことを指しています。
このほかにも、環境保全や労働安全などの管理には触れず、食品の安全に特化したものなど、日本だけでなく世界中にさまざまなGAPが存在します。
したがって、GAPと名前がついたものが、認証の仕組みを持つのか、どのような要素を持つのかについては、個々にきちんと確認していく必要があります。
次回は、日本GAP協会が運営するASIAGAPおよびJGAPの概要を解説しますが、この両者は、ASIAGAPが世界食品安全イニシアティブ(GFSI)の承認を得るなど食品安全に関して世界レベルの認証制度であるとともに、環境保全、労働安全、人権・福祉のすべてを備えた、いわばフルセットのGAPとなります。どうぞお楽しみに!
荻野 宏(おぎの・ひろし)/一般財団法人 日本GAP協会専務理事。東京農工大学農学部を卒業後、農林水産省に入省。食糧庁企画課、畜産局牛乳乳製品課、総合食料局流通課卸売市場室、農林漁業金融公庫への出向などを経て退職。2014年に日本GAP協会に入り、翌年に事務局長、2021年4月から専務理事に就任。