肥料や飼料など原材料費の高騰が、農業経営に圧迫を続けています。この問題は農業にとどまらず、一次産業全体の共通課題となっています。
水産業では、燃料と餌代の高騰にくわえて、温暖化による赤潮や海水温の変化などの影響で、廃業する養殖業者も少なくありません。
温泉県として知られる大分県は、養殖ヒラメの生産量も日本一だとして知られます。大分の特産品であるかぼすをエサにした「かぼすヒラメ」が人気なのですが、実はヒラメは免疫力が低く、病気にかかりやすいことから、成長途中で突然死(へい死)することが多いのが悩みとなっていました。
養殖ヒラメの死亡率を下げる解決策として、今注目を集めているのが、温泉に生息する藻類です!
養殖業者の苦労を知った地元の研究機関が、温泉の藻類から抽出したエキスをエサに混ぜてみたところ、年間40%近くあったへい死率が激減したとして、今、養殖業界から注目を集めています。
それだけではありません。この温泉エキス、高級養殖魚だけでなく、養鶏や子牛の下痢の改善など、畜産分野での応用も期待されているというのです。
この記事のポイント
・きっかけは新型コロナウイルスだった
・生きた魚への投与は挑戦だった
・通常の餌を与えたヒラメより成長効率が高く、旨みが強い
・ヒラメ以外にも活用の可能性
きっかけは新型コロナウイルスだった
温泉から養殖魚を救う新種の藻類を発見したのは、大分県別府市で温泉の研究を行っている株式会社SARABiO(サラビオ)温泉微生物研究所です。
古くから「美肌の湯」とされてきた明礬(みょうばん)温泉の泥の研究から始まり、さまざまな源泉を調査して200種類以上の微生物を分析した結果、2011年には皮膚や体内の炎症を抑える効果がある新種の藻類「RG92」を発見。この効果に着目して、スキンケア製品の開発を続けてきました。
コロナ禍の2021年には、RG92から抽出したエキスを粘膜細胞に投与すると、新型コロナウイルスの侵入誘導因子の増加を抑制して、炎症反応を抑える効果があると発表して注目を集めました。
木野さんによると、ヒラメは免疫力が低く、ワクチンや投薬が欠かせないほど病気に弱いため、出荷するまでに4割近くが病気で死んでしまう“へい死率”の高さが問題になっていました。そこへ追い打ちをかけるように燃料や餌代の高騰で、「これではとても生計が立たない」と相談した相手が、サラビオの会長・濱田拓也氏の親族でした。
生きた魚への投与は挑戦だった!
RG92が持つ「抗炎症化作用」や「免疫力の向上」を耳にした木野さんは、「もしかしたらヒラメにも効果があるかもしれない」と一縷の望みにかけてサラビオの研究所を訪れました。
RG92は天然の藻類のため、細胞レベルの試験でも無毒性は証明されていましたが、それまで生きている魚への投与は前例がありません。
木野さんの熱意に心を動かされた濱田会長は、2022年3月17日、約1万匹の稚魚を2つの養殖池にわけて、そのうちの1つにRG92エキスを混ぜた餌を与え、残りは通常の餌を与えて観察を続けました。
試験開始から4カ月、通常飼育区では毎月、数匹ずつ死亡が確認されましたが、RG92エキスを与えた試験区では137日間、1匹もへい死がありませんでした。実験を始めて5カ月目の8月16日、RG92を与えていた試験区でも、初めて18匹が死亡しましたが、原因は内臓障害ではなく、夏場に多い滑走細菌症が原因だったと言います。
通常の餌を与えたヒラメより成長効率が高く、旨みが強い
その後、台風による停電や赤潮による酸欠でダメージを受けることはありましたが、RG92を与えていた試験区のヒラメは飼育開始から8カ月間が過ぎた12月、2つの養殖池ではへい死率以外にも大きな違いがありました。
出荷間近の7月に、それぞれの養殖池からランダムに選んだ20匹の成魚の平均体重を測定した結果、1匹あたりの体重が平均1.4倍大きいことがわかりました。つまり、同じ大きさに育てるなら餌が少なくて済むため、飼料効率が良いということになります。
通常、ヒラメの稚魚を1kgまで育てるのに、餌は1.2kg必要だとされますが、この実験では半分の0.6kgで仕上がりました。
検証の結果、RG92の持つ抗炎症化作用やミトコンドリアの活性化という働きが、ヒラメの腸内環境を整え、餌の吸収率が向上したことで通常よりも大きく育つ可能性が指摘されています。
その後、RG92を食べさせたヒラメと通常のヒラメを刺身や寿司にして試食を行った結果、有名ホテルのシェフからは「身が厚くて、一般的な養殖ヒラメとは一線を画している。淡白な味のイメージがあるヒラメだが、本当に濃厚で、一言で言えばフォアグラのようにクリーミー」だとか、県内外の水産卸会社や鯛の養殖会社の社長といった魚のプロからも「養殖でアメ色になっているのが不思議だ。こんな美味いヒラメにはめったにお目にかかれない」と絶賛の声が相次いだ。
サラビオの研究チームによると、「旨味成分は、魚の身に含まれるグルタミン酸とイノシン酸によって決まる。このうちイノシン酸は魚の死後にミトコンドリアで合成されるアデノシン三リン酸(ATP)が分解されることで旨味が増してアメ色になるので、ヒラメの細胞内でミトコンドリアが活性化していることの証明になります」と分析しています。
ヒラメ以外にも活用の可能性
今までヒラメ養殖では、ワクチンや投薬が欠かせませんでしたが、RG92エキスを与えたヒラメには必要がありません。
最初にサラビオに相談を持ちかけた友永工業の木野さんも「ウチには小さな子供がいますが、やっと安心して食べさせられる魚ができました。RG92を餌に混ぜる作業はひと手間かかりますが、毎日餌やりしているので食いが良いのはわかります」として、生産規模を拡大し、今後は年間8万匹の養殖を目指すとしています。
サラビオでは現在、全国の研究機関や養殖場と協力して、ヒラメ以外にも、ウナギやトラフグ、サーモン(ニジマス)、車海老などの高級水産物でも試験を進めています。そればかりではなく、ニワトリの育成や子牛の下痢を改善する効果が期待されているとして、畜産分野での活用も進められています。
参照:ヒラメ養殖データ/SARABiO温泉微生物研究所