人口減少や高齢化の問題は、農家ほど深刻です。親から子へ事業を引き継ぐときに、どんな準備が必要なのか? あとつぎがいない場合はどうしたらいいのか? 重くのしかかる相続税をどうすべきか? この3つの問題について、実際の農家からさまざまな相談を受けてきたプロの事業承継士とともに解決策を探りましょう!
ポイント
・あとつぎが引き継ぐ3つのものとは?
・あとつぎが決まっても課題は山積み
・計画はお早めに!
事業承継とは3つを引き継ぐこと
まず最初に、農業における「事業承継」とは何を指すのか? そして、事業承継を進めるうえで、何がハードルになり、どんな対応をすべきかという点を押さえておきましょう。(編集部注:事業を引き継ぐことを指す言葉には「事業承継」や「経営継承」など、さまざまな表現がありますが、この連載では「仕事・事業を受け継ぐ」という法律的な意味を含む「事業承継」を使います。)
1.「人(経営権)」の継承とは?
個人事業の場合には、事業主を交代することです。法人の場合には代表権を交代することがこれに該当します。いずれにしても誰に引き継ぐのか、つまり後継者を決めることが前提となります。
2.個人と法人で異なる「資産」
文字どおり、事業に必要なさまざまな資産を後継者に引き継ぐことです。農業の場合は、設備、機械、農地、車両運搬具などの事業用資産があります。また、場合によっては借入金も引き継ぐケースがあります。
農業法人の場合には、事業用資産は法人名義となっていることが多いので、その場合は引き継ぐ必要はありません。そのかわりに株を継承することになります。
この資産の継承については、贈与税や相続税そして消費税などの税金が関係しており、事業承継税制などの税金を猶予・免除する仕組みも用意されています。
3.先代が築いた「知的資産」とは?
経営者の信用や取引先との人脈、生産技術、組織をマネジメントする方法などが「知的資産」にあたります。
私たちプロの事業承継士が農家から相談を受ける際には、「先代がいなくなると困ることは何ですか?」「先代だけのノウハウを持っていないことはありますか?」などと質問することがあります。そこで、個々の農家が次世代に引き継がなければならない「知的資産」の中身を知り、洗い出したポイントを事業承継の計画作りに反映させていくのです。
何がハードルになるのか?
次世代に3つの資産を引き継ぐうえで、乗り越えなければならないハードルがあります。本連載では、このテーマに沿って実例をもとにお話を進めていきます。
課題1.「元気なうちは続けたい」〜時期が未定
「人(経営権)の継承」に関して、最も多く見られるのは、このケースです。「元気なうちは先代が中心になって経営していく(ほしい)」と考える農家が多いことや、「子供には、好きな道を歩んでほしいので、農業は自分の代で終わりにしたい」と考えている方が多くいます。
そのため、後継者を決めなければと漠然と考えていても、具体的に動きが進まず、結果としていつ引き継ぐのかが明確になっていません。
事業承継は計画的に進める必要があります。経営体として事業を継続していく場合には、早めに、後継者を決め、計画(事業承継計画)を作り、それにもとづいて早くから進める必要があるのです。
課題2.「税金制度が難しい」〜乗っ取りのリスクも
資産の継承については、贈与税や相続税などの税金が関係します。継承方法によって、支払う税金の金額も変わってきます。
この方法を知らずに進めることで、不利益が生じたり、株式の譲渡に関する定款の規定を変更しなかったことにより、第三者に会社を乗っ取られるリスクが生じるケースもありますから、「知らなかった」では手遅れになるのです。
課題3.知的資産の継承には時間が必要
先代経営者が長年かけて築いてきた取引先との人脈や信用、生産ノウハウは農家にとって大事な宝ですが、それを次世代が完璧に引き継ぐまでには、相当な時間がかかります。
知的資産のなかには、後継者が失敗を重ねながら身に付けていかなければならないものや、ほかの経営者などと交流したり、後継者塾など勉強の場を通じて学ぶ必要もあるでしょう。これも事業承継計画を練って、それに基づいて進める必要があります。我々、事業承継士はさまざまな側面から農家さんのサポートを行なっています。
これから始まる本連載では、農家が事業を引き継ぐ3つの課題を中心に、さまざまな提案をしていきます。現在の経営者と後継予定者の皆さんには、この連載を通じて、事業承継計画を早期に立てる大切さを理解していただくよう期待しています。
高田裕司(たかだ・ゆうじ)/特定非営利活動法人「日本プロ農業総合支援機構」上席コンサルタント◎農協観光で農協(JA)の旅行事業の開業支援などに携わったのち、2006年から働く方々に対するカウンセリングやコーチング、経営コンサルタント業務を開始し、これまでに800人以上の相談を受ける。2008年から現職で、農家を対象にした事業承継や働き方改革、人材育成などの支援や計画プランの策定、農畜産物販売の支援事業などを担当する。