前回の連載で、農家の事業承継を「婚活」にたとえた伊東悠太郎さん。水稲種子農家のあととりで、農業界で初めて事業承継士になった第一人者は、「あとつぎが見つかったからって安心しないで!そこからがスタートです」と言って、次世代の経営者に成長するためのポイントを教えてくれました!
ポイント
・初めての共同作業「計画づくり」
・話し合える関係・仲間をつくる
・事業承継は地域の問題
この連載の第3回「事業承継の計画づくり 誰がやる?」でも述べましたが、あとつぎが見つかって初めて行う共同作業は、事業承継の計画づくりからスタートするのが良いと思います。
息子や親族のように気心が知れた相手とは違って、赤の他人にあとを継いでもらう場合、最初のころは、お互いに何をどうして良いのかわからないことばかり。ですから、計画づくりを通じて、お互いのことをよく知り、考えを深め、めざす姿をはっきりとさせることができれば、やるべきことが具体的になっていくと思います。
事業計画や作付計画を作ることは、どんな組織でも経験していると思いますが、事業承継計画を作成している農家はそう多くはありません。前回の連載でもお伝えしましたが、これを作っているかどうかで、次の経営者としての意識が強まり、現経営者と後継者の考え方の違いが「見える化」できるため、事業承継を成功させる大きな分かれ目になります。
夫婦と同じ…理想は絶対にズレていく
事業承継の計画をつくる作業や話し合いの段階を通じて、めざす理想像を共有できたとしても、毎日農業を続けていくうちに、そこには絶対にズレが生まれていきます。
夫婦生活と一緒で、結婚した時はあんなに愛し合っていたのに、時間が経てば甘い新婚時代が嘘のように消え去っていくのです……。これは、もう最初からズレるものだという前提で取り組みを進めていく必要があると思います。
大事なのは、そのズレが致命的なものにならないように、定期的に確認・補正していく機会を持つことです。
長い夫婦生活、納得いかないこともたくさん出てきますが、そのたびに喧嘩をしていては、やっていけません。そんなときに、いつでも言いたいことを言える関係やルールづくりが大事なのです。
意識的に生産面、オペレータ面以外を
農業の場合、どうしても栽培している作物のスケジュールに合わせる必要があります。心配しなくても、作物の作り方やトラクターの乗り方などの生産面、オペレーター面は、着実にバトンパス(引き継ぎ)されていきます。ここは時間が解決してくれると思います。
一方で、作物のスケジュールに影響されない部分で、就業規則などの諸規則、販売関係、金融や共済関係は後回しになりがちなので、逆説的にこれらの部分をどうバトンパスするかを強く意識しましょう。作物のスケジュールに合わせると、農繁期は時間を確保しにくくなりますが、多忙でも定期的に話し合いの機会を持つことは必要です。
ベンチャー型事業承継と一代一業
「ベンチャー型事業承継」をご存知ですか?最近、中小企業界で浸透しつつある言葉です。
事業承継と言うと、先代が築き上げたものが100あるとすれば、後継者がそれを100受け継ぐことをイメージされることが一般的です。
しかし、親元に就農したり、農業機器や設備をそのまま譲り受ける形の第三者承継は、初期投資が比較的少なく済みますし、先代の経営者から教えを乞うことができたりと、圧倒的に有利です。ベンチャー型事業承継は、先代から引き継ぐ経営資源を活用して、新規事業など新たな分野に挑戦することで、100を120とか150に拡げていこうという考え方です。
この考え方は、トヨタグループの創業家に伝わる家訓「一代一業」にも通じます。
創始者の豊田佐吉氏は、トヨタグループの原点である豊田自動織機を設立し、その子、喜一郎氏は自動車事業を、孫の章一郎氏は住宅事業を、曾孫の章男氏は静岡の工場跡地に未来型の実験都市「ウーブン・シティ」の建設を立ち上げています。先代が築き上げたものをベースに、さらにプラス・アルファでビジネスを展開するという意識が非常に重要だと思います。
周囲に相談できる仲間をつくる
事業承継は経営者と後継者の二人三脚で取り組む必要がありますが、その反面、時には相手に対して、ストレスを感じることもあるでしょう。
そんなときは、まわりに相談できる仲間をつくっておいて、ストレスを吐き出すことも大事です。全国にJA青年部をはじめ、20〜30代前半の若い農業者で組織する「4Hクラブ」や、法人協会、認定農業者協議会などといった農業者団体が多数ありますので、そういったところに加入することもおすすめです。
また最近ではFacebookやツイッター、Zoomなどのオンライン会議、音声SNS「Clubhouse」も登場していますので、それぞれ自分に合った手段・ツールで相談できる仲間を簡単に見つけることができます。
事業承継は個々の取り組みであり、全体の取り組みでもある
事業承継は、個々の経営体の問題と思われがちですが、その1軒1軒の取り組みが、同じ地域や同じ品目の農業者全体の取り組みにつながってきます。
まず1軒が取り組むことはとても重要ですが、1軒だけが取り組んでも地域全体がカバーできるわけではありません。まして事業承継は、相手もあり、すぐに結果が出たり、収益に直結するものでもなく、取り組むモチベーションの維持が非常に難しいわけです。だからこそ、集落や産地全体で「みんなで取り組もう!」という空気感を醸成していく必要があるのです。
「個々の経営体の経営者から後継者」の取り組みから、「地域全体の経営者世代から後継者世代」の取り組みに拡大していくことで、効果も最大限に発揮できるようになると思います。まさに、事業承継の実践が、世代交代につながるわけです。
伊東悠太郎(いとう・ゆうたろう)/水稲種子農家、農業界の役に立ちたい代表◎JA全農で事業承継支援を立ち上げて、事業承継ブックを発行。農業界初の事業承継士を取得し、全国で講演や研修を行う。現在は退職し、実家を継ぎ、本業の農業を続けながら、事業承継の啓発、研修、講演、執筆等を行っている。※事業承継ブックはJA全農のホームページでも内容を公開。現物は最寄りのJAへお問い合わせ下さい。