農家の多くが「今の経営状況では、子供に農業を継いでくれとは言えない」という苦悩を抱えています。血縁者にあとつぎが見つからない場合、誰にバトンをパスするべきでしょうか? 農業界初の事業承継士、伊東悠太郎さんは、血縁→地縁→人の縁の順で事業承継を検討すべきだと勧めています。
ポイント
・農地を手放したくなければ
・継がせないのも選択
・親子世代のギャップ
農家を継ぐか?売るか?たたむか?
事業承継は、農業界だけではなく、全ての事業を営む経営体が避けて通れない道です。
選択肢は、継ぐか、売るか、たたむかの2つしかありませんが、ここでは、まず「継ぐ」を前提に述べたいと思います。これを決めないことには、まず何も始まりませんし、その選択肢によって、後継者をどうするかの議論が全く異なるものになってきます。
承継相手をどう探す?
これまでの日本企業のほとんどは、血縁を中心とした親族(婿・嫁など含む)によって事業承継(バトンパス)されてきました。
親族が継ぐのが最も合理的で、周囲の理解も得られやすく、定着率も高いのではないでしょうか? 感情的にも、血縁の誰かに継いで欲しい人が多いと思いますし、まずは血縁で可能性を模索するべきだと思います。
けれど現実問題として、血縁に後継者が見つからない人はたくさんいます。その場合は、集落営農や農業法人など、近隣エリアに暮らしていて、農業を営む若者たちにバトンパスするやり方があります。地縁を頼る承継です。
それが難しい場合は「人の縁」に頼って、新規就農者に事業を引き継ぐ、いわゆる第三者承継を選びます。
農業界が安定的に事業承継を行っていくためには、「母数」と「定着率」を意識する必要があります。「母数」が大きく、「定着率」も比較的高い「血縁」、それがダメなら「地縁」、それでもダメなら「人の縁」というように、順を追って承継相手を探すべきだと思います。
優先したい価値は?
ここで、また皇室を例にとって説明しましょう。安定的な“皇位継承”は長年の課題ですが、現在の皇室典範では、皇位を継ぐのは男系男子だと定められているので、秋篠宮さま、悠仁さま、常陸宮さまの3人に限られます。悠仁さまが将来ご結婚されて、男の子に恵まれない場合は、皇室が途絶えてしまうこともありうるのです。
国民の間には、「男系男子で続いてきたことに意味がある」という意見もありますし、「時代や社会の変化に合わせて女性・女系天皇を容認すべき」という考えもあります。どちらが正しいではなく、それぞれが重要視する価値観の違いによって意見が異なるのは当然です。
前述のように、後継者を血縁に限定すれば、候補の数は絞られてしまいます。少子化・未婚化が進む日本では、ますます限定的になる一方です。でも、地縁・人縁を考慮に入れると、選択肢は一気に広がります。いずれにしても、優先順位をどこにおくか、それぞれの価値観にもとづいて、バトンを渡す相手を決めなければなりません。
「決めないことが悪」先延ばしはもうやめよう
ここまでは「継ぐ」を前提とした話をしました。しかし現実を見ると、今は日本中で経営者世代から「今の規模や状況では、子供たちに農業を継いでくれとはとても言えない」という悲痛な叫びを耳にします。
一方で後継者世代の圧倒的多数が、「今すぐに農家を継ぐかどうかを決めるのは難しい」と考えています。こういった人たちは、継ぐか、売るか、たたむかの決定を先延ばしにする「無期限先送り」状態を続けている間に、時間だけが刻々と過ぎていくのです。
継がない、継がせないという決断
事業承継の話をすると、どうしても「継ぐ」「継がせる」という選択にクローズアップしがちですが、それ以上に「継がない」「継がせない」という決断も重要です。
その部分だけを見ればネガティブに見えますが、むしろこの決断の方が、尊く重い意味を持っています。
「(誰が事業承継するか)決めないことが悪」だとすれば、決断したという事実がもっと尊重されるべきだと感じています。後継者世代はいろいろなものを背負っているなかで、継がないという決断は、簡単にできるものではありません。それでも、とにかく決めることができたら、次のアクションにつながるはずですから……。
後継者の意思確認を
農林水産省が日本の農林業の実態を5年ごとに取りまとめている『農林業センサス2015』によりますと、全国の132万2591戸の販売農家を対象に、後継者がいるかどうかを調査した結果、約3割にあたる39万7104戸が「一緒に暮らしている後継者がいる」と回答しています。
しかし、後継者がどの程度、農作業に携わっているかについて掘り下げてみると、実に7万520戸の農家で、1年間に農作業に従事する日数が「0日」だと答えています。
さらに、農業従事日数が「1~29日」と回答している農家は、16万2870戸となっています。ここから推測されることは、一緒に住んでいるからといって、ふだんは農作業を全くやらなかったり、田植えや稲刈りなどの繁忙期に手伝うだけだと思われます。
親世代と子世代のギャップ
「後継者の有無別農家戸数」の調査からは、質問に答えている当人の親世代の考えと、子供である後継者世代の実態に大きな乖離があることが読み取れます。
くわえて、親と同じ家ではないけれど、近所に住んでいる敷地内別居や近居の場合や、会社の定年を機に農家を継ぐ定年帰農などが属している「非同居後継者」にも、前述の傾向が当てはまると思われます。
農林業センサスの調査結果から、「親世代と同居」していて「年間30日以上、農業に従事している」という条件で抽出すると、残る農家は、わずか16万3,714戸にとどまります。いずれにしても、経営者と後継者の間に認識の差があることは間違ありません。だからこそ、後継者の意思確認をしっかりすることが大事なのです。
次に公表される『農林業センサス2020』の調査結果でも、農家の減少傾向が改善されることはないでしょう。決断を先送りにしたままでいれば、事業承継の機会を失って、経営者の病気や死亡などで最悪の場合、離農につながることもあり得ます。
「とにかく決断する」ことによって、1戸でも多くの農家で、事業承継が進むことを切に願っています。
伊東悠太郎(いとう・ゆうたろう)/水稲種子農家、農業界の役に立ちたい代表◎JA全農で事業承継支援を立ち上げて、事業承継ブックを発行。農業界初の事業承継士を取得し、全国で講演や研修を行う。現在は退職し、実家を継ぎ、本業の農業を続けながら、事業承継の啓発、研修、講演、執筆等を行っている。※事業承継ブックはJA全農のホームページでも内容を公開。現物は最寄りのJAへお問い合わせ下さい。