熊本を2度にわたる地震が襲った2016年、若手農家が集まって「くまもと☆農家ハンター」が結成された! 狩猟は素人ながらも、2020年には1,000頭のイノシシを捕獲し、着実に成果を上げている。「殺すだけで終わりではない。命を生かすにはどうしたらいい?」その解決策はジビエにあった!フォトライター・高木あゆみさんが追う連載!
ポイント
・ジビエだけじゃない!
・雇用を生み、人が集まる
・世界が認めたSDGs
すべてを生かしきりたい
イノシシなどの獣害から地域を守るために立ち上がった「くまもと☆農家ハンター」。前回は、設立のいきさつや捕獲について紹介しました。
鳥獣害対策に取り組むうえで問題はふたつありました。ひとつは「時間」。農業と狩猟を両立させるのは、容易なことではありません。そのために、早くから情報通信技術(ICT)を導入して「半農半猟」を実現。もう1つは、自らの手で目の前の命を終わらせる葛藤にどう向き合うか?その苦しみはやがて「命を活かしたい」という思いに変わり、イノシシ肉の利活用にたどりつきました。ここからは「農家ハンター2.0」に進みます。
ジビエファームをつくる
イノシシやシカと聞いて連想するのは「ジビエ」です。昨今では野生鳥獣の料理店も増え、消費者にも身近です。農家ハンターでも、ジビエとして販売するため、解体処理や精肉加工の知識をイチから学ぶことになりました。
罠にかかったイノシシにとどめを刺すのは、「止め刺し」と言って、通常ならば猟師に任せます。しかし、農家ハンターでは当初からプロ任せにするのではなく、自分たちで処理することにこだわってきました。なぜなら誰にとっても負担が少なく、活動を継続できる方法だからです。
さらに、精肉処理も手がけることで、輸送まで一貫管理が可能になります。技術のおかげで、捕獲してその場で処理できるのも、ジビエ販売に向いています。
一番の問題は、保健所の衛生基準を満たす解体場所の確保でした。農家がハンターとして活動している理由は、地域を守るためだという大義名分が成立しますが、解体や食肉販売となると、範疇を超えています。
食肉処理施設の建設には、地元の理解はもちろん、資金が必要となることから、2019年8月、「株式会社イノP(イノシシ・プロジェクト)」を立ち上げました。その設立は、農家の天敵であるイノシシを使って、地域を元気にしようという覚悟のあらわれでもありました。
優秀な人材にも恵まれました。社員1号となった井上拓哉さんは在学中に、農家ハンターに15万円の寄付をしたことがきっかけで、関東から移住し、入社しました。もともと鳥獣害問題に関心が高かったことから、活動内容と思いに共感したそうです。会社設立から3カ月後には、宇土(うと)半島と戸馳(とばせ)島を結ぶ橋のたもとに「ジビエファーム」が完成しました。鳥獣害対策を成長につなげる循環モデルの拠点です。
特製ジビエに人気が集まる
ジビエファームの完成によって、農家ハンターの可能性はグッと広がりました。肉は、薄切りにしたスライスや塊肉はもちろん、ソーセージやハムなどの加工品から、今ではレトルトカレーも販売するようになりました。プロの料理研究家の協力のもと、イノシシのバラ肉を使った「イノギョプサル」というオリジナルメニューも開発中です。
購入者からは「臭みがなく食べやすい」と大好評です。それには4つの秘密があります。
(1)銃を使わない「止め刺し」をしている
(2)止め刺しから解体までの時間が短い
(3)イノシシを殺す際に、ストレスを最小限に抑える配慮
(4)ジビエになるイノシシは、旬の農産物をたらふく食べているから美味しい
捕獲から解体処理・輸送までを一貫して行うことは、肉の味や質に影響します。プロの猟師の知恵を借りしながら、理想とする肉をひたすら追求した結果、世間一般で考えられている「イノシシの肉はかたくて臭い」という思い込みを覆す肉ができたのです。「ソーセージ」を試食してもらった人からは、必ず「猪?嘘でしょ?全然臭くないし、やわらかいんだね!」と驚かれます。
「解体のやり方ひとつで、食べやすさや調理しやすさが劇的に変わりますから!」と胸を張る大池さよさんは、イノP社員のなかでも一、二を争う研究熱心な肉女子です。
一般の人にもっと食べてもらおうと、ジビエファームではいち早くトレーサビリティシステムを導入しました。パッケージについたQRコードをスマートフォンのカメラで読み取ると、肉がいつどこで、どのように捕獲されたものかを調べることができますから、安心して食べられます。
皮脂を使った天然石けん
肉を食べる以外にも、皮や骨、脂まで余すことなく活用します。例えば美容石けん「サングリエ」は、肉の解体時に「手がすごく潤う」ことに気づいたのが、開発のきっかけ。
農家ハンターが解体したイノシシの皮脂成分を利用して、熊本県内の障がい者就労支援施設「テクニカル工房」で石けん素地を製造。施設長自らが休みを返上して実験を繰り返し製造化にこぎつけました。石けんが完成する頃には、施設長の手が赤ちゃんのようにツヤツヤ・モチモチになっていました。ネット注文が入ると、施設入所者の皆さんが梱包・発送する作業を担っています。
皮や骨も無駄なく使う
肉、皮脂を取った後に残る骨は、ペット用のジャーキーに変身します。筆者の老犬に与えるとボリボリとあっという間に食べてしまい、大のお気に入り。ジャーキーには、熊本が誇る阿蘇山の噴火で作られた火口湖から産出された天然ミネラル成分「リモナイト」を配合して、人間が食べられるほどの品質に仕上げました。今後はヘルシーなペットフードとして、商品展開を予定しています。
そして皮革は、天然由来の染料で染めており、カラーバリエーションが楽しめます。ところどころ穴があいたり、傷もついています。これはイノシシ同士の争いでできた傷で、自然のなかでワイルドに生きてきた証を感じさせる勲章でもあります。マスクケースや、アップルウォッチ用のバンドなどを開発して農家ハンターのネットショップで販売していますので、一度チェックしてみてください!
捕獲したイノシシを利用して生み出された製品を通じて、鳥獣害問題に対する理解を深め、その対策に一役買っているという喜びを感じてもらえたら、農家ハンターもますますやりがいを感じられます。
イノシシは堆肥にもなる!農業に還元
実は、ジビエに適しているのは、捕獲されたうちの1〜2割にすぎません。それ以外は、小さすぎたり、肉質が柔らかすぎて、ジビエには向かないため、農家ハンターでは、土壌を改良するための堆肥にしています。このために、イノシシをわずか5時間で堆肥にできる専用機械を入手し、堆肥は畑や花壇などに使われています。
2020年には、耕作放棄地となった畑にさつまいもを植え、堆肥を撒いた結果、秋には大きくて甘いさつまいもがたくさん収穫できました!
イノシシをフル活用したこの取り組みは、国連の公式ホームページで、循環型の「SDGs」の優良事例として取り上げられました。抜群のアイディアと仲間づくりは、農家ハンターの得意とするところです。自分たちだけで完結するのではなく、多くの人を巻き込みながら、楽しみ、みんなが潤う方法を常に模索して挑戦しています。
害獣を価値あるものに
活動を始めた当初は、農地を荒らす厄介ものでしたが、害獣と呼ばれるイノシシを敵とみなすのではなく、「イノシシのおかげで地域が元気になったね」と言われるようなモデルを作りたいというのが農家ハンターの考えです。
いかに駆除をして安全に暮らすかという視点ではないところにおもしろさがあります。次にめざすのは、イノシシを軸に活動を「ひろげる」段階です!次回は「農家ハンター3.0」について、報告します!
プロフィール
高木あゆみ(たかき・あゆみ)/はちどりphoto代表、フォトグラファー。小学6年生からインスタントカメラやコンパクトカメラで撮影を始める。18〜30歳まで熊本でフェアトレードの活動に参加。2006年にはベトナムへ留学し、首都ハノイを拠点として地方の農村取材や農家との交流。2014年にはフリーランスになり、以後はドキュメンタリーフォトグラファーとして、欧州や中東14カ国29都市を取材したり、農家や職人取材に力を入れる。