クマやイノシシが人里に出没して農作物を食い荒らす被害が急増している。意欲を失い、離農を考える農家も多いなか、自分たちで地域を守らなければと立ち上がる若手グループが誕生している。熊本を拠点に農家ハンターを取材してきたフォトライター・高木あゆみ氏が現状をリポート!!
ポイント
・国土の7割で被害甚大
・高齢化、耕作放棄地の増加が拍車をかける
・官民連携で何ができるか?
国土の7割を占める中山間地域の被害が大
「ここらへんには、シカもイノシシもよーく来ますよ。」
里山で農家さんが声を揃えて訴える言葉。当初は、「動物と遭遇するなんてジブリの世界みたい!」と胸が弾みましたが、その被害を知れば知るほど、声を失っていきます。
ハンターの高齢化、耕作放棄地の増加
農林水産省によると2018年の全国の被害総額は158億円にものぼり、その7割をイノシシやシカ、サルが占めているとされています。
鳥獣被害の原因を調べていくと、複合的な要因が組み合わさっていることがわかります。林業の衰退や生態系の変化が、鳥獣個体数の増加をまねき、野生動物が人間の生活エリアにまで入り込んでくることにつながりました。
狩猟免許保持者の減少も見逃せません。1975年度には51.8万人いたハンターも、この40年間で6割減って、2016年度には20万人になりました。ただし、この問題についてはさまざまな指摘があります。環境省によると、イノシシとシカの捕獲数は2000年から15年間で約4倍に増えていることから、狩猟免許保持者数と捕獲数が比例しているわけではないようです。
それ以上に、大きな要因が耕作放棄地です。耕作放棄地は鳥獣にとって理想的な隠れ場。近年、農業人口は微増しているものの、中山間地域での担い手不足を解決するまでには及ばず、そのことがさらに耕作放棄地の増加につながっています。
鳥獣対策には、農地及び耕作放棄地の整備から、防御網・柵・箱罠の設置、管理などが挙げられますが、当然ながらこれらには時間・労力・費用がかかるもの。費用も人手も、国からの補助があるとは言え、当事者の肩に重くのしかかります。また、捕獲対象動物に適した方法をとらなければ徒労に終わってしまうことも珍しくありません。
鳥獣被害に遭う高齢農家は離農を選ぶ
深刻なのは、鳥獣被害の中心にいる人の多くが、高齢の農家であるという点。2019年の時点で、農業従事者の平均年齢は66.8歳とされていますが、せっかく育てた農作物の半分を鳥や動物に食べられてしまったうえ、その対策に追われることは、農業を続けるモチベーションを維持しにくくなります。
農業に携わる以上、人間と野生動物の生活圏を区分するための取り組みは不可欠ですが、鳥獣被害が続けば、最悪の場合、離農を選択し、ますます耕作放棄が増えるという悪循環に陥ります。被害額という数字だけでは見えない課題が山積しているのです。
鳥獣被害の影響を最も受けているのは農家ですが、もはや問題は、農業従事者や中山間地域にとどまりません。2019年には東京・足立区にイノシシが出没したことがニュースとなりましたが、今やスーパーマーケットやターミナル駅がある都市部に出現することも珍しくありません。つまり、野生動物の生息地帯の前線が、我々人間の生活圏内にまでくい込んできているのです。
2013年から10年間で生息頭数を半減
農林水産省と環境省は2013年、鳥獣害被害を起こすシカ320万頭とイノシシ98万頭の合計418万頭を、2023年までの10年間で半減させる目標を打ち出しました。目標まではあと2年ありますが、ただ指をくわえて待っているわけにはいきません。
行政は、人材面と財政面でさまざまな補助事業や支援を行なっています。例えば、全国各地で「鳥獣被害対策実施隊」が組織されていて、市町村長が任命した隊員は、捕獲や侵入防止柵の設置をはじめ、農業者への指導や助言、住民への環境教育、生息状況の調査を行なっています。捕獲活動を行う隊員は、狩猟税が免除されるほか、民間人であっても公務員と同じように公務災害が適用されたり、銃刀法の技能講習、ライフル銃の所持が許可されます。既に1,200近い自治体で実施隊が結成されています。
また財政面でも「鳥獣被害防止対策交付金」として、市町村が作成した「被害防止計画」にもとづいてさまざまな支援が行われています。例えば、防護策や電気柵、罠、檻などの設備購入費をはじめ、それらの設置・維持費、罠用の餌代などへの補助金のほか、ジビエとして活用するための取り組みも支援しています。
ジビエとして活用
特に、ジビエの利用拡大には力を入れています。というのも、2015年に全国で捕獲されたシカとイノシシの総数は117万4000頭にのぼりますが、そのうち食肉利用されたのはわずか7%、8万3000頭に過ぎません。大半が埋め立て処分されている実態を見て、ジビエとして活用しようと取り扱いに乗り出した事業者も増えてきました。
「捕獲〜止め刺し〜解体〜販売〜消費」の一連の流れができれば、ジビエの活用は、今後ますます拡がっていくことが期待されており、「国産ジビエ認証制度」も生まれました。ジビエが毎日の食卓に当たり前に登場するにはもう少し時間がかかりそうですが、消費者から認知されるようになれば、市場の成長が期待されます。
先端技術の活用で効率化
国は、パソコンやスマートフォンを活用して、遠隔地からでも現場の映像が確認できる監視システムや、罠に入った動物を判別できるセンサーなどといった、最先端の情報通信技術(ICT)の活用にも積極的です。
行政の対策が身を結び、野生動物の生息数が適正になれば、農家の負担軽減と増収入も見込まれます。離農者も減るかもしれません。
さらに俯瞰して見ると、生態系の変化や土壌の流出にストップをかけ、場合によっては土砂災害を未然に防止することにもつながるでしょう。官民一体となって、人間と鳥獣が共存を目指す取り組みを加速させなければなりません。
これまで鳥獣被害に対する行政の取り組みを紹介してきましたが、民間も立ち上がっています。そのひとつが、熊本県を拠点に活動する「くまもと☆農家ハンター」です。「もはや鳥獣被害は、農家だけの問題ではない。子供や高齢者に危険が及ぶ前に、どうにかしなければ」という思いで、2016年、25歳から40代の若手農家が中心になって、グループを結成。メンバーは洋ランや果物、野菜農家など栽培品目はさまざまですが、なかには狩猟免許を持っている人もいます。
次回は、彼らの取り組みについてご紹介していきます。ICTを活用したスマートハント、イノシシの利活用などの取り組みも取材しました。お楽しみに!
プロフィール
高木あゆみ(たかき・あゆみ)/はちどりphoto代表、フォトグラファー。◎小学6年生からインスタントカメラやコンパクトカメラで撮影を始める。18〜30歳まで熊本でフェアトレードの活動に参加。2006年にはベトナムへ留学し、首都ハノイを拠点として地方の農村取材や農家との交流。2014年にはフリーランスになり、以後はドキュメンタリーフォトグラファーとして、欧州や中東14カ国29都市を取材したり、農家や職人取材に力を入れる。