ここ数年、春先になると大手経済誌が「JA農協」をやり玉にあげる特集記事が注目されるようになってきました。
農業協同組合は、組合員の農家に、技術指導や資材の共同購入、農畜産物を共同販売などを提供するほか、貯金や貸し出しなどの銀行業務、生命保険、損害共済などの共済事業、病院経営など、その事業内容は多岐にわたっています。
戦後は、農家の所得確保を目的とする米価闘争や、TPP加盟反対運動など、政治的な動きが注目された時期もありましたが、近年ではもっぱら、農業とは異なる金融や共済事業の収益悪化にクローズアップする報道が目立つようになってきました。
東京大学の鈴木宣弘氏は、「JA共済の契約批判は、かんぽ生命叩きと同じ構造だ」として、背後にある意図を指摘しています。
この記事のポイント
・協同組合の存在は、誰にとって不利益なのか?
・「農協改革」の真の目的
・農協解体を歓迎する企業とは
・農協の自己改革なぞ、意味はない?
・人質に取られた「准組合員制度」とは?
・農産物の共販から買取販売に強化
・郵政民営化とかんぽ生命の二の舞
・JA共済の不当契約問題
・農協つぶしの先に見える風景
・企業の農業参入が始まった!
協同組合の存在は、誰にとって不利益なのか?
「協同組合」とは、利益が一部の人に集中したり、大企業との苛烈な生産競争や価格競争に収奪されないように、中小の零細企業や家族経営の小農など相対的に弱い立場にある人々の利益や、地域住民の生命、健康、環境などを守るために生まれた相互扶助システムだ。
戦後、農業協同組合法にもとづいて設立された農協(農業協同組合)は、その最も代表的な組織のひとつだ。戦後の農民解放の一環として、地主や富裕層を中心とした産業構造を無くして、農業者が主役の組織運営を目指して農協は発達してきた。
その対局にあるのが、「今だけ良ければいい。金だけ儲かればいい。自分だけ良ければいい」という利己的な「三だけ主義」にあたるので、一部の政治家や財界人のような私腹を肥やそうとする人間にとっては、目障りな障害物になる。
そこで、大企業と結びついている政治家は、協同組合が「既得権益」や「岩盤規制」だと批判して解体を訴え、自らの既得権益に取って替えようとしている。
「農協改革」の真の目的
例えば、最近の「農協つぶし」がその典型的な例だ。
アメリカの金融保険業界は、郵貯マネーに続いて、農協(JA)の信用・共済マネーをも、喉から手が出るほど欲しがっている。
そこで「農協改革」の名目で、日本政府に農協の信用・共済事業の分離を迫っている。
また、組合員の商取引を一本化する共同販売(共販)・共同購入事業が、独占禁止法の「適用除外」(独禁法22条)になっていることが不当な「既得権益」だと批判しているが、これも、農協の共販・共同購入システムを崩して、農産物をもっと安く買い叩き、生産資材をもっと高く販売したい企業への利益供与である。
2014(平成26)年には、政府の「規制改革実施計画」により、“農協改革”という名目で全農を株式会社化させるための法整備を求める検討会(ワーキンググループ)が発足。
この背景にあるのも「三だけ主義」だ。巨大なグローバル・ビジネスであるJA全農傘下の事業を買収したい企業があっても、母体の全農が協同組合の場合、誰も手を出せないためである。
そして、最終的に農協組織がつぶれて多くの農家が立ち行かなくなれば、条件が良く、まとまった農地への参入をもくろむ企業が背後で手ぐすね引いて待っている。
農協解体を歓迎する企業とは
つまり、「農協改革」とは聞こえがいいが、その背後には「農協解体」を待ち構えている企業の存在があることを忘れてはならない。
これらの企業を具体的に言うと、
① 信用・共済マネーを掌握したい企業
② 共販を崩して農産物をもっと安く買い叩きたい企業
③ 共同購入を崩して生産資材価格をつり上げたい企業
④ 日本最大の農業ビジネスを買収したい企業、
⑤ 農協と既存農家がつぶれたら農業参入を目論んでいる企業━━などである。
だから、農協改革の目的が「農業所得の向上」というのは、政府の建前にすぎない。本当の目的は、アメリカや企業がもっと儲けるための「農協解体」に他ならない。
したがって、政府が求める「農協改革」と、農協自身が自らの事業改善のために行う自己改革とは、別のものとして考える必要がある。
農協の自己改革なぞ、意味はない?
農家や地域社会のためには、農協の自己改革は不可欠だ。
しかし、「農協解体」をもくろむ政府にとっては、農協の自己改革がうまくいこうが、失敗しようが成否はどうでもいいことなので、農協が農家の所得向上に結びつく成果をあげたところで、政府が納得すると期待するのは見当違いだ。
さらに農協には、正会員の生産者以外でも、出資金を支払えば加入できる准組合員もいるが、「改正農協法(2016年施行)」では、准組合員の利用制限についても再検討の対象となっており、要するに人質に取られている。
人質に取られた「准組合員制度」とは?
そもそも准組合員の利用制限は、法律に抵触する。
農協法12条の「組合員資格」では、准組合員は正組合員とともに組合の構成員であり、総会の議決権や役員の選挙権などといったJAの運営権はないが、さまざまな事業サービスや施設を利用できる「事業利用権」は付与されている。
世界各国の協同組合が加盟する国際組織「国際協同組合同盟(ICA)」では、協同組合に関する7つの原則を定めているが、その第1原則には「自主的で開かれた組合員制」、第7原則では「地域社会(コミュニティ)の持続可能な発展に努めること」を掲げている。
つまり協同組合の真髄とは、准組合員やそれ以外の地域住民全体への貢献をめざす地域協同組合にあるのだが、これに真っ向から反対するのが、農協は農業者の単なる「職能組合」だとする主張だが、ICAの原則から見ても相容れないことは明らかだろう。
農産物の共販から買取販売に強化
政府の規制改革会議が求める農協改革はこればかりではない。
農協の農産物販売事業は、組合員が生産した農畜産物を農協が集荷して販売する「共販(共同販売)」を原則としているが、農協改革では共販から買取販売に切り替えていくための数値目標を決めて、段階的に拡大しようとしている。
しかし、買取販売をどれだけ実行したか報告しなければならない義務や理由がどこにあるのだろうか? そもそも、こうした要請は日本国憲法第22条(職業選択の自由=経済的自由権)と第29条(財産権の保障)に基づく「営業の自由」に抵触するので、本来は拘束力をもち得ないのである。
政府の要求に対して、「傷がより浅い方を受け入れる」というように、次々と要求を呑んでいけば、いつの間にか政府の術中にはまり、気づいたら農協解体の道しか残っていなかったということになりかねない。
郵政民営化とかんぽ生命の二の舞
同じようなことが郵政改革でも起きた。
1990年代、日本の郵貯マネー350兆円の運用資金がどうしても欲しいアメリカの金融保険業界や経済団体が、「対等な競争条件」(equal footing=イコールフッティング)の名目で郵政解体(民営化)を迫った結果、小泉政権による強硬的な郵政民営化政策が始まった。
ところが、実際に民営化したかんぽ生命を見たアメリカ系の保険会社A社が「かんぽ生命は大きすぎるから競争したくない」と主張。
要するに、TPPに日本が入れてもらいたいのなら、“入場料”として、「かんぽ生命はがん保険に参入しないと宣言せよ」と迫られた訳だ。これを受けて、麻生太郎財務・金融相(2013年4月12日)は、「かんぽ生命によるがん保険参入を当面認可する考えはない」と述べた(注1)。
麻生氏は「TPP交渉参加とたまたま日が重なっただけ」として、アメリカの圧力とは関係なく、政府の自主的に決定したと述べたが、日本政府が“自主的に”と言った時には、「アメリカの言うとおりに」と読み替える必要があるだろう。
この話には続きがある。半年後には全国の2万戸の郵便局でA社のがん保険の委託販売が始まったのだ。
それだけでは終わらない。2019年、かんぽ生命の過剰ノルマが背景にある不正販売の問題が浮上した。保険の契約者に不利益になる契約変更や、保険金の支払い拒否、不適切な乗り換えなどが相次いで明るみに出たのだが、その少し前の2018年12月、日本郵政がアメリカ系保険会社のアフラックグループの持株会社に2,700億円を出資して、資本面・業務面で提携したことに着目したい。
不祥事続きでかんぽ生命叩きの声が高まるなか、「かんぽの商品は営業自粛だが、アフラック社のがん保険のノルマは3倍になった」との郵便局員からの指摘が、事態の裏側をよく物語っている。
当時は日本郵政が同社を「吸収合併」するかのように言われていたが、実質は「ひさしを貸して母屋を取られる」かもしれない出資だったのである。
JA共済の不当契約問題
こうして郵貯マネーの奪取にめどが立ったから、次に喉から手が出るほど欲しいのは、信用と共済とあわせた運用資金が155兆円のJAマネーだということなのだろう。
これが、アメリカが要求する「イコールフッティング」の実態である。要するに、「アメリカに全部差し出せ」という要求なのであり、それに日本が“自主的に”応じているということだ。
そして案の定、2022年から彼らの矛先がJA共済に向けられてきた。かんぽ生命が不当な契約を強要したとして叩かれたのと、まったく同じ形で、JA共済の契約方法が不当だとの報道が始まった。わかりやすい「手口」だ。
農協つぶしの先に見える風景
2015年4月29日、当時の安倍晋三首相はアメリカ連邦議会での演説で、「農業・農協、医療という悪しき岩盤規制を自分が槍の穂先となってこじあけた」と誇らしげに述べた。(注2)
農協改革によって農協組織がつぶれ、既存農家が大幅に減ってしまったらどうなるのか?大企業が農業界に参入して儲けても、地域の共助・共生システムが失われ、人が出ていった後では、コミュニティの維持ができなくなるだろう。
そうなった時に「残された地域住民はどうすればいいのか?」と問うと、一部の学者や政治家のなかには、「そんなへんぴな場所に住んで、儲からない農業をしても、無駄な行政コストがかかるだけだから、原野に戻せばいい」と答える者もいる。
地域の伝統や文化、コミュニティなどは不要で、国の食料安全保障さえ危うくしていることにも目を向けず、政権と結びついたごく一部の人の利益だけ確保できればいいのだろうか。
企業の農業参入が始まった!
「3だけ主義」の経営者は、すでに歩を進めている。そればかりか政府の会議に私腹を肥やしたい経営者が委員として参加して、自身の企業に利益を誘導している。
最近の象徴的な「事件」は、2014年5月、「中山間農業改革特区」に指定された兵庫県養父市である。
その実業家のうちの1人は、農業の「外国人就労特区」も要求して実現させたが、自身が会長を務める人材派遣会社がその指定事業者になっている。
また、もう1人の実業家は、政府の産業競争力会議の農業分科会にも参加し、新しい農地集積組織(中間管理機構)をうまく使って自社農場へ優良農地を集積したり、農業委員会組織を骨抜きにして企業の農業参入規制を緩和して、儲からなければ農地転売もできるようにするなどの露骨な利益誘導を行った。
このように、経営者としてすでに巨万の富を得ている人たちが、政府会議での立場を露骨に利用して国民や地域から収奪し、さらに私腹を肥やすという利益相反行為を繰り返している。「3だけ主義」の典型的な事例である。
筆者は2016年5月の内閣委員会「国家戦略特別区域法一部改正案」に関する山本太郎議員(当時:生活の党と山本太郎となかまたち共同代表)の参考人質疑で、「兵庫県の特区はカムフラージュで、必ず全国展開が目指される」と指摘している(YouTube動画7分40秒〜)が、その言葉通り、2022年の規制改革推進会議で、兵庫県の特区と同じ企業による農地購入の自由化の全国展開が決定しようとする動きがある(これは抵抗が強いため、2023年5月現在で未実施)。
こうまでして獲得した養父市での農業事業は、2023年になって急展開した。ほうれん草の水耕栽培事業から撤退し、全株式を他社に譲渡したのである。
だが、1企業だけが儲けを独占しても、周囲が成立しなければ自分も持続できない地域社会に暮らしていることを忘れてはいけない。
そこでは、「収奪」ではなく「共生」でなくては誰も生活していけないのである。だから、農協や協同組合は、地域社会の全員が繁栄できるように、「売り手によし、買い手によし、世間によし」の「三方よし」を守ってきた。そのような組織が国家私物化のためにつぶされて、地域社会に「三だけ主義」が持ち込まれようとしている。この理不尽な事実を見逃がしてはならない。
次回は世界の潮流とは逆行する農家と農協を弱体化させる動きについて述べる。
この記事の執筆
鈴木 宣弘
注1:財務省「麻生副総理兼財務大臣兼内閣府特命大臣閣議後記者会見の概要 https://warp.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/8560722/www.mof.go.jp/public_relations/conference/my20130412.htm
注2:外務省 米国連邦議会上下両院合同会議における安倍総理大臣演説「希望の同盟へ」
https://www.mofa.go.jp/mofaj/na/na1/us/page4_001149.html