「6次産業化」はどうやって始めればいい?上手くいっている事例を知りたい!食農夢創の仲野真人氏は、野村アグリプランニング&アドバイザリーで6年間、日本全国の「6次産業化」の事例をつぶさに調査したのち、全国の農業法人の経営支援を行っている「6次産業化」のプロ。数々の成功事例には、農家の新しい挑戦へのヒントが散りばめられています。今回、人間のためではなく、「牛のためのリゾート牧場」で付加価値を高めた静岡県富士宮市の「株式会社いでぼく」について紹介します。
ポイント
・牛にとってのリゾートとは?
・牛への恩返し
・ストーリー性とロケーションでPR
静岡県の富士宮市に「牛のためのリゾート牧場」と言われる「IDEBOK COW RESORT」があるのはご存じですか?
リゾートと聞くと高級感が溢れていてVIP客をターゲットにした牧場をイメージするかもしれません。ですが「IDEBOK COW RESORT」のコンセプトは全く異なり、牛が好きな時に散歩(放牧)ができ悠々自適に過ごすことができる「牛にとってのリゾート牧場」なのです。この牧場を運営しているのが富士宮市で乳牛の6次産業化を実践している株式会社いでぼくです。
今回は「夢」を実現することによって新しい付加価値を創造した6次産業化事例についてご紹介したいと思います。
牛にとってストレスのない環境を
株式会社いでぼくは富士山の麓でホルスタイン牛、ジャージー牛、ブラウンスイス牛合わせて約160頭の乳牛を飼育しており、その乳牛から搾った生乳で牛乳をはじめ、ジェラートやチーズ、ヨーグルト等、幅広い乳製品を製造しています。
ここまで読んだだけであれば一般的な酪農の6次産業化モデルのように感じるかもしれません。ですが本題はここからです。
この会社の強みは徹底的な衛生管理とこだわった飼料による生乳自体の品質。また乳牛の食事、排せつ、睡眠等、牛の生活リズムに合わせて管理することによって牛のストレスを減らし、最良のボディコンディションを維持することを心がけています。そうやって絞られた生乳は関東全域を対象にした関東生乳品質改善共励会で2012年から8年連続で最優秀賞、特別賞を受賞しました。
それだけ生乳にこだわっている当社が昔から実現したかったのが「牛のためのリゾート牧場」です。
そもそもその理由は当社が早くから6次産業化に取り組んだ背景にあります。前代表の井出行俊氏の時代から今と同じように生乳の品質にこだわっており、地元や県外から多くの視察が訪れていました。
ある時、視察者に「これだけこだわって生乳を作ってもJAに出荷したら他の生乳と混ざって終わり」と言われたことによって「だったら自分で生産から販売まで一気通貫で行ってやる!」と決意。
しかし、その当時は6次産業化という言葉がまだ世の中で浸透し始める前であり、自社で生産から販売までを行うことは並大抵のことではなく、苦労の連続でした。しかし、その先進的な取り組みによって今の「IDEBOK」ブランドとして広く知られるようになりました。そういった苦労から、行俊氏は「これまで支えてくれた牛達にいつか恩返しをしたい」と思い続けてきました。
そして、想いは現代表の井出俊輔氏に引き継がれ、2019年5月についに「IDEBOK COW RESORT」をオープンすることができました。
牧場はジャージー牛やブラウンスイス牛が自由に放牧されており、また、牛舎はこれまで同様に清潔に保たれているだけでなく、床は牛に負担がかからないようにウォーターベッドになっているなど、まさに「牛ファースト」の牧場です。これこそが牛への「恩返し」なのです。
ファンを増やすのは「ストーリー性」と「ロケーション」
それだけではありません。「IDEBOK COW RESORT」は富士山の麓にあり、牧場の隣にはレストランやチーズの製造体験工房、バーベキュー場も整備されています。
晴れた日には富士山を一望しつつ、かつ牛が放牧されている風景を見ながら当社のチーズを使ったピザや地元食材を使った料理を堪能できます。そのロケーションが地域住民や観光客を惹きつけ、あっという間に新たな観光スポットとなりました。
さらに新型コロナウイルスの影響によって新しい生活様式が余儀なくされている中で、2020年10月には自然の中で結婚式が挙げられる「牧場ウエディング」、さらに密を避けるためにキャンプの需要が高まったことに対応してキャンピングカーを停められる駐車場も整備する等、2019年のオープンから常に進化し続けています。
6次産業化では農畜水産物を「加工」するというイメージが強い……。確かにいでぼくも生乳をジェラートやチーズに加工しています。しかし、重要なのは6次産業化によって「事業の付加価値」を高めることです。
この会社では徹底的な品質管理によって生産した高品質は生乳を加工することでさらに付加価値を高めているだけでなく、牛に恩返しをするために作った「IDEBOK COW RESORT」のストーリー性とロケーションによってファンを増やしています。全国には、山もあれば海もあり、その地域ならではの観光資源が必ずあるはずです。その観光資源と6次産業化を組み合わせることができれば、6次産業化の可能性は無限に広がるはずです。
そのストーリー性やロケーションを活かすことによって「ファン」を増やしていくことこそが、これからの時代に求められるのです。
仲野真人(なかの・まさと)◎2005年立教大学経済学部卒業後、野村證券入社。2011年野村アグリプランニング&アドバイザリーに出向、6次産業化分野を中心に地産地消や農林水産物・食品の輸出に携わり、全国の事例を調査。2019年退社し、食農夢創を創業、代表取締役に就任。「農林漁業」を「夢」のある「食産業」へ「創造する」をビジョンに全国各地で調査・研修・イベント、コンサルティング業務を行う。