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Editor’s Eyes「食料主権を取り戻せ」アグロエコロジーとリジェネラティブ農業という考え方

Editor’s Eyes「食料主権を取り戻せ」アグロエコロジーとリジェネラティブ農業という考え方

これまで2度にわたって、世界の農業界で現在注目を集める「食料主権」について考えてきました。

北海道大学大学院の小林国之先生は、イギリスを例に挙げて、EUを離脱したことでイギリスが自国の農業政策をどう転換していくかという問題を解説してくれました。

第3回目は、”自分たちが食べるものを自分たちで決める権利“としての「食料主権」から一歩進んで、欧米先進国の農業者の間で今、芽吹きつつある「アグロエコロジー」と「リジェネラティブ農業」について紹介します。

どちらも聞きなれない概念ですが、その一部はすでに日本の農業者も取り入れています。むしろ、日本では古くから馴染み深い、「自然の力」を活用した「土づくり」と密接な関係があるのです。

この記事のポイント
・「農業の工業化」がもたらしたもの
・コントロールしやすくなった代わりに農業が失ったもの
・微生物が減った土は、さらに資材が必要になり、経営を圧迫する
・食料主権を取り戻すためのアグロエコロジーのススメ
・実践のなかで生まれたリジェネラティブ農業
・健康な土づくりに立ちかえる

「農業の工業化」がもたらしたもの


食料主権とは、シンプルにいえば「自分たちで食べるものを自分たちで決めることができる権利」です。

そして、自分たちで決めるためには「自分たちで作ることができる」ことが大切な条件の一つとなっています。

「作る」ことの根源にあるのが一次産業と呼ばれる農業、漁業、林業です。一次産業、なかでも農業は、1960年代前後に開発途上国を中心に起こった農業の技術革新である『緑の革命』に代表されるように、増加する人口に対応するために生産性を向上させてきました。

その過程で「農業の工業化」と呼ばれる、科学技術の適用による農業生産への転換が進んだのです。

自然・生命現象を科学的に解明し、それを技術で代替することで、生産性を向上させるという「農業の工業化」の過程は、技術の結晶である農薬、化学肥料、ハイブリッド種子などの「生産資材」の利用を高めることにつながりました。

資材を利用することで、農業者はそれらを開発、販売するメーカーや企業と結びつきを強めることになりました。

“結びつき”という言葉は、イメージが良い表現ですが、言いかえれば、「資材への依存」です。依存の結果として、多くの国や地域では、農薬や化学肥料などを使わなくては、農業生産ができなくなっています。

化学肥料を使った農業生産は生産効率を高めてくれたが…

コントロールしやすくなった代わりに農業が失ったもの


こうした状況下では、自分たちが食べたいものを自分たちで作ることが困難な場面に直面します。

たとえば、かつて食べていたあの味を食べたいと思っても、今はその種が手に入らない、ということは少なくありません。食べものは、それぞれの食文化と深く結びついていますので、食文化や様々な伝統行事なども、味とともに失われてしまっています。

また、化学肥料に頼った農業を長く続けていたことで、土は「化学肥料頼り」に変わってしまいました。

土とはもともと、微生物がその生命活動の結果として作り出した世界です。

無数の多様な微生物が有機物を代謝し、その代謝物を他の微生物が利用する。そうした世界に植物である作物も位置付いています。

ですが化学肥料は、そうした複雑な世界をシンプルにすることで「効率的な」食料生産を可能とする画期的な技術でした。

それが画期的だったがゆえに、複雑な土の世界に頼って農業を行うよりも、化学肥料に頼る方がよりシンプルで人間がコントロールしやすくなりました。

土の中の微生物
土の中の微生物

微生物が減った土は、さらに資材が必要になり、経営を圧迫する

栄養分の複雑なサイクルが不必要となった土には、微生物の居場所はなくなり、土壌の生き物たちが少なくなりました。その結果として、土はたんに植物の根が化学肥料の養分を吸収するための「媒介」となりました。

土を土として保っていた物、つまり土の粒をつなぎ止めていたのは、微生物が排出する有機酸などの有機物です。

化学肥料の多用によって、微生物が出す有機物が少なくなることで、土は単なる鉱物の微細な粒になった結果、世界では、吸水性、保水性の低下による土壌の流亡が問題となっています。

農業者はそうした土を前にして、生産性を確保しようとさらに資材を導入する必要が生じ、それが経営を圧迫することになります。

食料主権を取り戻すためのアグロエコロジーのススメ


このような視点から世界の今を見つめてみると、自分達で食べたいものを食べる権利を確保するためには、同時に農業自体も、「資材」に依存した農業ではないやり方を確立することが不可欠になることに気がつきます。

生産資材を自国で自給できるようにする、というのも一つの手段ですが、農業のやり方をかつてのように「自然の力」を活用した物にすることも重要な手段です。

こうした手段について表す言葉として「アグロエコロジー」という言葉があります。これは、自然の力を活用した農業のことを指す言葉です。

アグロエコロジーについて国連食糧農業機関(FAO)は、「THE 10 ELEMENTS   OF AGROECOLOGY〜 GUIDING THE TRANSITION TO SUSTAINABLE FOOD AND AGRICULTURAL SYSTEMS」で以下のように説明しています。

〜アグロエコロジーは、生態学的および社会的な概念と原則を食料および農業システムの設計と管理に同時に適用する統合的なアプローチです。 持続可能で公平な食料システムのために対処する必要がある社会的側面を考慮しながら、植物、動物、人間と環境の間の相互作用を最適化することを目指しています。(Agroecology is an integrated approach that simultaneously applies ecological and social concepts and principles to the design and management of food and agricultural systems. It seeks to optimize the interactions between plants, animals, humans and the environment while taking into consideration the social aspects that need to be addressed for a sustainable and fair food system.)〜

そしてアグロエコロジーを構成する10大要素として、①多様性(Diversity)、②知識の共創と共有(Co-creation and sharing of knowledge)、③相乗効果(Synergies)、④効率(Efficiency)、⑤リサイクル(Recycling)、⑥バランス(Balance)、⑦回復力(Resilience)、⑧人間的および社会的価値(Human and social value)、⑨文化と食の伝統(Culture and food traditions)、⑩責任あるガバナンス(Responsible governance)をあげています。

FAO「THE 10 ELEMENTS   OF AGROECOLOGY〜 GUIDING THE TRANSITION TO SUSTAINABLE FOOD AND AGRICULTURAL SYSTEMS」より抜粋
FAO「THE 10 ELEMENTS OF AGROECOLOGY〜 GUIDING THE TRANSITION TO SUSTAINABLE FOOD AND AGRICULTURAL SYSTEMS」より抜粋
アグロエコロジーは、食料主権の確立を目指す人たちの間でも重要なキーワードの一つとなっていますが、その言葉は、社会経済のあり方との関係性、政治経済的な文脈から使われることが多くなっています。

実践のなかで生まれたリジェネラティブ農業

先のアグロエコロジーに対して、農業者の実践において使われるようになっている言葉が、「リジェネラティブ農業」です。

日本語では「環境再生型農業」と訳されることが多いのですが、私はこの日本語訳が完全に本質を言い表しているとは考えていません。

この言葉は、アグロエコロジーと同様に「自然の力を活用する」という意味では、重なる部分がありますが、なによりも農業者による実践の中から生まれているという点が特徴です。

そして「自然の力を活用する」という目的のなかでも、「健康な土を作る、再生する」ということを最も大切にしています。

「リジェネラティブ農業」という言葉自体に明確な定義はありませんが、大切なポイントは、「やり方ではなく、考え方」という点です。先に「〜型農業」という日本語訳が完全ではないと指摘したのはこの理由からです。

土を健康にするための考え方、つまり「原理原則」をもとにして、一人ひとりの農業者が置かれている営農環境に合わせて、それぞれのやり方を見つけていくことが尊重されます。

健康な土づくりに立ちかえる


オーストラリアやニュージーランド、アメリカで「リジェネラティブ農業」のアドバイザーとして活躍しているニコール・マスターズさんは、自著『For the Love of Soil』のなかで、リジェネラティブ農業について、「健康な土とエコシステム、食料の品質と収益性を作るのに必要なアプローチ、ツール、考え方」と述べています。

リジェネラティブ農業とは、やり方ではなく、考え方なのです。

重要な目的は健康な土を作る、育てる、というところにあります。近年のリジェネラティブ農業の盛り上がりには、何人かのパイオニアとなっている農業者がいますが、そのうちの一人がアメリカの農業者であるゲイブ・ブラウン氏です。

私も最初にリジェネラティブ農業を知ったのは、彼の書籍『Dirt to Soil:One Family s Journey into Regenerative Agriculture』(『土を育てる 自然をよみがえらせる土壌革命』/NHK出版)でした。

彼が中心となって設立された「Understanding A」という組織があります。

この組織のホームページでは「健康な土」を作る原則として、6つの意義を掲げています。

①    自分の(圃場の)現状を理解する(Know your context)
②    土壌を攪乱しない(Do not disturb)
③    表土をカバーし、育てる(Cover and build surface armor)
④    あらゆる多様性を確保する(Mix it up)
⑤    生きた根を土のなかに保つ(Keep living roots in the soil)
⑥    土と一緒に健康な家畜を育てる(Grow healthy animals and soil together)

最初に「自分の現状を理解する」とあるのが、リジェネラティブの大きな特徴です。そしてこれは、「健康な土」を作るための原則であって、リジェネラティブ農業の原則ではないことに注意が必要です。

リジェネラティブ農業とは、健康な土を目指すことが共通の目的になりますが、そこからどのような農業、農業経営を行うのか、ということは決まった方法はない、ということです。

「健康な土を作る」というところにフォーカスしてその原則を重視し、それを土台としてどのような農業経営を行うのか、については農業者各自に委ねられています。この原則と自由度こそが、リジェネラティブ農業の特徴であると私は考えています。

リジェネラティブ農業はさまざまな視点から注目をされています。その範囲の広さも特徴です。そのことについては次回に説明したいと思います。

この記事の執筆

小林 国之
北海道大学大学院国際食資源学院連携研究部門連携推進分野 准教授
北海道大学大学院農学研究科を修了後、イギリス留学。主な研究内容は、新たな農村振興のためのネットワーク組織や協同組合などの非営利組織、新規参入者や農業後継者が地域社会に与える影響など。また、ヨーロッパの酪農・生乳流通や食を巡る問題に詳しい。主著に『農協と加工資本 ジャガイモをめぐる攻防』日本経済評論社(2005年)、『北海道から農協改革を問う』筑波書房(2017年)など。

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